【自己責任は重荷ではない】
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日常的スピリチュアル、安田です。
「自己責任」というと
重荷に感じる人が多いのですが
もし、人間に自己責任が無ければ
非常につまらないのです。
他の動物と同じようになり
ただ生きているだけの
存在になるのです。
というより
「もし、自己責任が無ければ・・・」
と考えることすら
時間の無駄なのです。
どんなに願っても
祈っても
自己責任からは
逃れることは
絶対にできないのです。
自己責任には
人間だけに与えられています。
重荷として与えられているのではなく
創造性を発揮するために
与えられているのです。
他の動物には
責任が無いので
ただ本能のままに
生きるのです。
人にも本能がありますが
本能のままに生きていたのでは
何の発展性もないのです。
ただ、衣食住を満たすだけの
生活をするようになり
何の刺激も感じないまま
この世の生涯を終えていくのです。
自己責任というのは
重荷ではなく
特権なのです。
全ての人は
特別な存在なので
全ての人に
特権が与えられているのです。
本能基準で生きていれば
自己責任が重荷に感じますが
本心基準から見たら
自己責任は大きな
特権に見えるのです。
自己責任があるから
努力をすることができ
成長欲求を満たすことができるのです。
時代の恩恵によって
本心基準で歩むことができ
生きることができるようになったので
自己責任を主張することが
できるようになったのです。
過去の時代は
環境的にも、状況的にも
不自由な時代であったので
自己責任の主張ができなかったのです。
管理する人が
管理しやすくするためにも
自己責任を主張して
こなかったのです。
自己責任を主張しないで
管理されてきたので
楽に生きることは
できたのですが
成長することは
できなかったのです。
与えられたことに対しての
努力はできたのですが
自分から主体的に決めた
努力はできなかったのです。
主体的に決めた努力が
できないので
創造力の発揮が
できない人が多いのです。
創造力の発揮には
自由な発想が必要なのです。
真っ白な紙に
絵を描いていくように
無から有を生み出す
発想力によって
創造力の発揮ができるのです。
発想できることは
形にすることができるのです。
時間、空間の制限があるので
発想のままにはできなくても
違うスタイルでも
形にすることができます。
自己責任と創造力
発想力は一致していて
自己責任があるからこそ
創造することができ
発想することができるのです。
自己責任が重荷に
感じてしまうのは
今まで管理されてきて
楽をしてしまったからなのです。
管理されるしかない
現実の環境もあったのですが
管理されることで
主体的な努力をしなくて済んだので
自分で考えることが
できなくなってしまったのです。
ただ、過去の時代では
それが通用しましたが
今の時代では
通用しないのです。
自己責任を重荷に感じても
自己責任を全うする努力が
必要なのです。
努力をしないという
選択もできますが
努力をしなければ
成長欲求を満たすことができないので
それはそれで、空しさを感じ
心理的には苦しくなるのです。
自己責任を全うする努力をしないで
成長欲求だけを満たすことはできません。
原理原則から外れたことは
どんなに願っても、祈っても
絶対に実現しないのです。
自己責任を重荷ではなく
特権として捉えることで
自由な発想ができ
創造力の発揮が
できるようになります。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌