【厳しさを求める心理的な余裕さ】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
厳しさというのは
他の人から厳しくされるよりは
自分から主体的に
厳しさを求めた方がいいのです。
主体的に厳しさを求めることで
自己ペースで基準を上げることができ
自己訓練を極めることができます。
自己訓練を極めることで
心理的な余裕が感じられ
広い視野、高い視点からの歩み
努力ができるようになります。
自分の基準というのは
自分で上げていくしかないのです。
自己責任で、自己訓練を
極めていくことで
基準を上げることができ
成長することができます。
成長というのは
自分の努力によって
成長することができるのであって
他の人、周りの人、環境によって
成長できるか、できないかが
決まるのではありません。
どんな環境であっても
成長する意識があれば
成長ができるようになっています。
本質的な時代になることで
本来の基準での歩みが
求められてくるので
より自己責任が
問われるようになっていきます。
自己責任を全うするというのは
自己訓練を極めるということであり
自己訓練を極めるには
自己ペースでの歩みが必要なのです。
自己ペースで歩めるようになれば
健全に成長することができ
自分のペースで歩みの基準を
上げることができるようになります。
マイペースというと
ゆっくり、のんびり歩むような
印象がありますが
マイペースで歩むことで
健全に基準を上げることが
できるようになるのです。
健全に基準を上げることができると
常識基準を越えた基準で歩むことができ
誰も何も文句が言えない基準の歩みが
できるようになります。
自己ペースで、自己訓練を極めることで
心理的な自由を感じることができ
余裕さを感じることができます。
時代の変化が早くて大きいので
変化に振り回されやすくなりますが
心理的な余裕さによって
環境の変化に振り回されなくなるのです。
時代の変化というのは
より高度に発展していき
基準が上がっていきます。
時代の基準に合わせていくには
私たちの基準を上げていく必要が
あるということです。
基準を上げるというのは
基本的な努力である
学ぶこと、実行すること
瞑想、運動の基準を
上げていくということです。
基本的な歩み、努力の
基準を上げていくことで
自己訓練を極めることができます。
訓練される前に
自己訓練を極めることで
与えられる訓練に
振り回されないで済むのです。
外からの刺激というのは
どのようなことが与えられるのかが
分からないのですが
心理的な余裕さがあれば
振り回されないのです。
与えられる訓練よりも
負荷をかける歩み
努力ができていれば
余裕でこなすことができます。
心理的な余裕さというのは
心理的な免疫でもあるのです。
免疫というのは
先駆けて負荷をかけることで
身につけることができ
強化させることができます。
時代の基準が上がることで
より厳しさを感じるようになります。
その厳しさは
より成長するために
与えられるのですが
心理的な余裕さがないと
成長するために与えられていると
感じられなくなってしまうのです。
自己訓練を極めることで
先に成長することができ
常に待っているような
余裕さを感じることができます。
常に先を行き
前倒しの感覚で
歩むことができれば
心理的な余裕さを感じることができ
基準を上げる歩み、成長につながる歩みを
極めることができるようになります。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌