【何を学んだかを自己分析する】

記事
学び


日常的スピリチュアル、安田です。

学ぶことができることは
導きによって学ぶことが
できるようになったのです。
どんなことを
学ぶにしても
最初のキッカケがあり
興味関心が持てることを
学ぶことができるのです。
何を学んだらいいのかが
分からない人がいますが
学びたいことを学ぶしかないのです。
学校教育は学びたくないことを
義務的に勉強するのですが
大人になってからの学びは
学びたいことを学べばいいのです。
学びというのは
最も贅沢なことなのですが
その学びがしたくない
勉強嫌いな人が多いのです。
子どもの勉強嫌いは
全く何の支障もないのですが
大人の勉強嫌いが深刻なのです。
学びは学んだ分しか
身につきません。
一回、二回の学びでは
深くは学べないので
繰り返しの学びが必要なのです。
学びの努力には
毎日の積み重ねが必要であり
学び続けることで
深く悟ることができます。
よく
「学んでばかりでは
 頭でっかちになる」と
言われる人がいますが
どんなに学び続けても
頭でっかちになることはできません。
それこそ
朝から晩まで学び続けても
頭でっかちにはならないのです。
ある意味
必要ない心配であり
学び続けている人が
心配することでもあるのです。
学ぶことができたことには
何らかの使命があります。
何を学んだのか
学ぶことができたのかを
自己分析することで
自分の使命を悟る
ヒントにもなります。
どんな人でも
何らかのことを
学んできたのですが
学んできたことを
自己分析してこなかったので
学びっぱなしになっているのです。
無駄な学びはできないのですが
学んだことを表現することで
学んだことを活かすことができるのです。
今は誰でも情報発信ができるので
誰でも学んだことを
教えることができます。
学んだことを
教える人が増えることで
教育が拡大されていくのですが
いつの時代でも
最も不足しているのが
教えられる人なのです。
教える技能というのは
教え続けることでしか
身についていきません。
教えるための知識は
必要なのですが
知識だけを知っていても
教える実践をしなければ
技能は身についていきません。
今は「総教育時代」なので
ありとあらゆる分野の
教育が必要なのです。
教育を受ける人は多いのですが
教育できる人が少ないし
不足しているのです。
学ぶことができたことは
教えることができるのです。
学んだことを
勝手に自分なりに解釈することで
新しい学びができるのです。
教育というのは
教育すればするほど
発展していくのですが
教育する人が少ないと
教育が拡大されていかないのです。
今は「生涯学習時代」でもあるので
何歳であっても学ぶべきなのです。
学んだことは霊的世界に
持っていくことができます。
霊的世界は
教育しかないと言っても
過言ではありません。
生涯学習なので
それこそ、死ぬ瞬間まで
学び続けることで
学びの基準が立つのです。
学びの基準を立てることで
実行することができるのです。
基本的な努力は
学ぶこと、実行すること
瞑想、運動なのですが
大抵のことは
学ぶことから始まります。
なぜなら
何も学ばなければ
実行しようがないからです。
実行しようがなければ
実行しやすくする
瞑想も、運動も
必要性を感じることが
できなくなるのです。
学んだことを
自己分析していくことで
学んだことを
活かすことができ
個性、才能の発揮や
使命を全うすることが
できるようになります。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌

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