姓名判断は、自分自身を客観的にみて、運勢のおおよそを知ることができる、優れた占いです。改名をしてよい運勢になられた方も多くいるようです。ただし、安易に改名することはいかがなことかと考えています。霊的にみれば、安易になされるべきではないと考えています。
明治の頃の実話なのですが、病弱な子供を案じて改名した家族がおりました。数年間は健康で活発な子供でいたそうですが、あるとき、不治の病にかかりました。神信仰に篤かった父親は、霊能者をとおして神からのお告げを伺いました。
「まえの名前の因縁によって病にかかっておる。治すためには、まえの名前に戻さねばならない」とお諭しがありました。
姓名は生命であり、ひとりの人生を授かった印のようなものです。姓には先祖伝来の縁が、名には個人の命そのものが託されているように思います。
改名したあと、本来授かった名前の縁や命はどこにゆくのでしょう。どこかに消えてしまうのでしょうか。私には、パソコンのハードディスクのようなものに記録されたままになっているように思えます。そのツケは、自分自身の晩年か子孫にまわってくるのではないでしょうか。
改名以外に運命を変えることは可能だと思っています。
宗教家や聖人たちは改名していますが、それは、ひとつの人生を生きているうちにある程度成就して、べつの人生を送るという意味合いがあるような気がします。なぜなら、改名した聖人たちは、まえよりもいっそうに苛酷な人生を送っているからです。それは、神さまにしても、大国主命さまも改名?されていますが、やはり困難辛苦の日々であられたと、『古事記』には記されています。
(了)