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愛と祈りの力、シャーマンとしての学び

三月、梅林にて美しさに共鳴すればするほど素敵なエネルギーを受け取れる 皆さま、お久しぶりです。 一月下旬ごろから心身の調子を崩し、セルフケアに専念していました。 その間、シャーマニックヒーリングのイベントを開催できず、セッションもお受けできない状態となっており申し訳ありませんでした。 心身の調子を崩しながら、コロナ禍のときのことを思い出していました。 正直なところ、コロナが流行り始めたときは私は何一つ怖くなかったんですね。 なぜなら、大学生の頃から自己治癒力をアップするような薬に頼らない生き方、食生活はなんだろう?ということに興味があり、社会人になってからはリーブスで自己治癒の哲学をベースに開発されたヒーリングを学び、信頼できる情報発信をされている方とも繋がっており、何より自分の生命力、自己治癒力を信じる気持ちが強かったので恐怖を感じることはなかったのです。 半ば強制的にワクチン接種のムードがあったとき、コロナが流行るちょうど前に甥っ子が誕生したこともあり、その際に何で生まれたばかりの赤ん坊にこんなにもワクチンを打たせるシステムが出来上がっているんだろうと疑問に思ったところからワクチンについて色々と調べていたこともあって、あ、これは私には必要ないなと思ってコロナのワクチンを打つこともありませんでした。 私はやっぱりワクチンや薬に過度に頼りたくないという気持ちが強くて、自然療法について調べて実践することの方が何倍も喜びだったのです。 ※もちろんこうしたことは個々の体質で、薬が欠かせない方もおられるかもしれないので、薬に頼らないことが正しいなどと言いたいわけではありません。 私は
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恐怖と猜疑の心は知らないからこそ湧き出るもの、知れば消えるもの

皆様、こんにちは。 夏の風が吹き抜けて、秋の風がもう吹き始めたのが気になっています。 厳しい修行を積んだ僧侶でさえ死の恐怖に怯えて過ごす人が多いのですが、なぜそこまで恐れるのかが不明です。 死はいずれ誰にでも訪れるもの、それなのに永遠に避けられるもの、向き合うべきものではないというのがそもそも間違いではないのかな?と考えています。 終わりがあるからこそ次がある。 次があるからこそ生を謳歌し、懸命に生きる事ができるというのに、それをなくしたいとするのは不可能なものです。 知らないからこそ恐怖するというのなら、死の先にあるものを話せる範囲でお話しすることが霊能者の仕事でありカウンセラーとしての自分のやるべきことかな?と考えています。 今日の余計な一言:恐怖と猜疑の心は知らないからこそ湧き出るもの、知れば消えるもの。
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