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お義母さんが。。。

エゴとエゴのポジション争いの気づきの前に施設にいるお義母さんが光になりました。87歳老衰苦しまず穏やかな顔今にでも「○○ちゃん、来てくれたの?嬉しい〜」と話をしそうな。。。この文を読むと、とても仲のいい嫁姑に思われると思いますが、全く違います約10年程、交流しない時期もあり7年前、義母の様子がおかしい?(主人と義母の電話の会話...)で気づきながら・・・「私には関係ない、私の母ではない!」と気づきながらも気づかないふりを1年ほど...約10年交流なし私自身が変になりかけ、自分を守るため悪い嫁と思われる覚悟が決まったから決めるまで・・・世間の常識、エゴと自分の素直な気持ちの行ったり来たり。。。未来義母に何かあり、私の手が必要ならする、無いならしない!人間としてこの世で出会った「ご縁」と思考がスッキリと定まり決断今、本当にこの決断をしてよかったと心の底から過去の私に感謝そして認知症に感謝義母は、アルツハイマー型認知症認知症は4タイプありもっとも多いのがアルツハイマーです施設に入るまでは本当に過酷でした自分の内面(内観)を赤裸々に見せられました義母の主な症状は、心配になると、通帳、印鑑、鍵、財布の入った鞄を仕舞い込み忘れるそれで、電話をかけてきます一度、納得してもすぐに忘れ不安に襲われかけてきます落ち着くまで3、4時間電話では、無理な時は駆けつけますそれが夜中でも同様最初は、鞄が無い物質の依存と思いました角度を変えてもしかしたら、甘えたい、誰かに守られていると証明したい?心理から?子供が親を試すように・・・大変、学ばせてもらえた7年間でした昨年12月にベットから落ち腰を骨折今年の4月
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子どものペットロス症候群

ありがとうございます!Boscoです🐶先日、私の実家で飼っていた犬が永眠しました。16歳と5か月の生涯でした。小型犬の16歳は、人間で言えば80歳に相当するそうです👴死因は老衰だったのですが、家族、親戚皆一様にショックを受け、なかなか立ち直ることができませんでした。なぜなら、人格を持った犬らしくない犬で、中にオジサンが入っているのでは?と言われるくらい自己主張が激しくそれがとても印象的だったからです。そんな彼(犬)の訃報が入ったのは娘が幼稚園に行った後のこと。帰ってきたら、この事実をどう伝えようかと悩みました。娘の帰宅後、ちょうど実家の家族の話題になり単刀直入に「彼は天国へ行ったよ。」と言うとその一言で全てを悟ったようで私に抱きついて号泣しました。もう、わかるんだね。「また、一緒に遊ぼうって約束したのに!」と怒りをあらわにする娘を見て、そう言えば動物の「生き死に」について何も教えて来なかったことに気づかされました。どう教えるのが最良だったのかと今でもぐるぐると考えてしまいます。彼の死後、3日ほど経ったある日娘は昼寝から目覚めた夕方に突然泣き始めました。照明を暗くしていたせいか暗闇が怖い、夢を見て怖い、一人ぼっちになる感じが怖い。色んな恐怖が一気に押し寄せてきたようでした。ペットを失うことにより精神的・身体的不調を 来たすことをペットロス症候群というそうです。 娘だけでなく、実家の家族も含め皆これにかかっていますが 少しずつ絶望感と悲しみから抜け出しつつあります👼犬とはいえ、娘にとっては赤ちゃんの頃からずーっと一緒の存在を失った精神的ダメージは想像以上に大きいものだったようです。
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「最期は“どう死にたいか”を考えたことはありますか?」 ― 病死ではなく“自然死”を目指す生き方 ―

「最期は“どう死にたいか”を考えたことはありますか?」― 病死ではなく“自然死”を目指す生き方 ―生き物は、いつか必ず死を迎えます。それは人間だけでなく、国や組織も同じです。ではあなたは「どんな最期を迎えたいか」考えたことはあるでしょうか?現在の日本では、死因の多くが「病死」です。特にがんが上位を占めています。一方で「自然死(老衰)」で亡くなる人は年々減り続けています。昭和45年には全体の5.5%だった老衰は、平成17年には2.4%まで減少。“本来の寿命をまっとうする死”がどんどん遠ざかっているのが現実です。なぜこうなったのか。理由は一つではありません。ただ一つ言えるのは、昔の人や先住民のような暮らしの中では「自然死」が多く、「病死」が少なかったという事実です。つまり生き方・食べ方・考え方が変われば死に方も変わるということです。誰かが言っているからではなくテレビや常識に従うのでもなく自分で調べ自分で考え自分で選択し自分で生きるこの積み重ねが「どう死ぬか」を決めていきます。今のままの延長線上にあるのは病気とともに終わる人生かもしれません。でも生き方を変えれば「ピンピンコロリ」は夢ではなく“選択”になります。あなたはどちらを選びますか?ご相談はお気軽にどうぞ。
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**「どう生き、どう最期を迎えたいか?」 —— 日本の“常識”から自由になるために ——**

**「どう生き、どう最期を迎えたいか?」—— 日本の“常識”から自由になるために ——**生き物には必ず「死」が訪れます。生まれた瞬間から人は“最期”に向かって歩き始める──これは誰にも共通の現実です。多くの人は「ピンピンコロリで逝きたい」と願いますが、現代の日本ではその願いが叶いにくくなっています。厚労省のデータでは、昭和45年の老衰の割合 5.5% → 平成17年には 2.4%。老衰死は年々減り、代わりに がん・肺炎・心疾患 などの慢性疾患が増え続けています。その背景には、社会そのものが人を弱らせる構造があります。医療費は40兆円を超え、認知症・糖尿病は増加、食品添加物の許可数は世界一、農薬使用量は世界トップクラス──。“日本の常識”を守るほど、健康から遠ざかる現実はもう否定できません。●死に方を考えることは、生き方を選び直すこと大切なのは、「どれだけ長く生きるか」ではなく“どれだけ濃く生きるか” です。・自分はどう生きたいのか・どんな最期を迎えたいのか・家族や子どもに、どんな生き方を受け継いでほしいのかこの視点こそが、今の生き方を整える大きな力になります。これからの日本では、近代食と社会毒による“退化病”で亡くなる人が増えていくでしょう。でも、気づいた人から変えられます。自分の望む生き方・死に方を実現できる体制を、私たち自身が選んでいくしかありません。●**「このままじゃいけない気がする」そんな方へ**身体の不調は、必ずあなたに何かを教えています。“どう生きたいのか”を見直すことで、症状は動き始めます。・今の体調が不安・家族の健康が気になる・自分の生き方を整えたいそんな方
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