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私は表現の代弁者

流行りを採用するのも 確かに方法としては大切なことでも それがすべて他の人と適応する色 表現とは限らないと私は思っています。私は表現者として私なりの表現でお客様とより多くの人の表現を代弁して作品 アートとしてあなたの声 あなたの色を 世に出していきたいとおもっています。
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表現者になりたかったら人間を捨てろ

〜今回は表現者の世界について〜もし、あなたが「表現者」を目指したければ「人間」を捨てなければならない。表現者とは「アーティスト」「スポーツ選手」「作家」etc…などのことを指す(会社員以外とほぼ同義)。あの世界の住人達は1日8時間労働とか、週休2日とかそんな生活をしていたらとてもじゃないが表現者にはなれない。毎日15時間以上アトリエに籠り何も生み出せない日が続くが何度も何度も描いては消して描いては消してを繰り返し、毎日バットを振って豆ができて潰れても振って潰れた上からまた豆ができても深夜まで降り続けてを繰り返す。羽生結弦が1日8時間週休2日で世界一の演技ができるところまで辿り着いたと思いますか?ピカソは生存してる間に何万枚の絵を描いてきたが、それが評価されたのが死後。狂気の世界の住人になりたければ平日や休日、朝や夜、労働時間など人間らしい生活はすべて捨てて狂気の世界に飛び込み、必死にもがき続けないと辿り着けない。そんな世界なんです。よく言われることが「私って才能ないんですかね」という言葉。いや、まだ諦めるのは早い。というか、まだ「人間」を捨てていないうちに才能がないだの言えるわけがないし、その世界に入った住人は「才能」なんて言葉を考える時間も労力も勿体無いし、そんなこと考える暇があるなら1枚でも多く絵を描き、1つでも多く素振りをして、1歩でも前に足を進めるんです。「すべての時間と思考と身体を注ぎ込むことが表現者への第一歩」※詳しく聞きたい人は連絡ください。
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気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その80~

いつもありがとうございます。とうとう80回です。今日もどうぞ宜しくお願い致します。呼吸の基本は自分を大切にすることとして始まったこのブログも、80回ともなりますと、昨日の記事のように一見随分と矛盾したような、非常に厳しいことまで書くようになるもので、自分でも苦笑いです。自分を大切にするとは、勿論正真正銘の字面通り、ひたすらに自身の内なる呼吸をそのまま味わうこと、体の中に点在する滞りを一掃することで初めて外界へと働き掛ける活力、誤解を恐れずに表現するならば、権利を得るというもの。ところが昨日書いたようなこととは、何らかの不調といったものが、いつまでもやらなくて良いという、体(てい)のいい言い訳として居座り続けているのだとしたら、もう意を決してそれごと表舞台へ飛び出してみるのも自分を大切にすることという云わば荒療治です。この場合の自分を大切にという意味は、生きている時間を無駄にしないということ。心が手枷足枷を作り出しさえしなければ、五体満足健康そのものでありながら、何かと言うと結果を恐れて二の足を踏む、石橋を叩いて結局は渡らない、そんなままで人生を終えかねないところを何とか前へ出ようという意味があります。こんなことが書けるのは、実は僕自身がまさにそのタイプだからです。こういうタイプの人を、日本が生んだオリジナルの心理療法として有名な森田療法では、“ ヒポコンドリー性基調 ” と呼んだりもします。一般的には心気症などと言って、心が病そっくりの症状を作り出してしまうタイプのことです。〇〇恐怖症と名の付くものを僕は、きっと殆ど持ってますし、子供の頃は斜頸もやりましたし、チック症状も出てま
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表現者として

物事を表現するのに言葉がありそれは文章として明日に残り、人々の記憶にとどめられるものであります。 清少納言の「枕草子」・・・春はあけぼのから始まる四季の移ろいに関する文章はその当時の情景を見事にあらわしています。 デザイナーである私は、またコピーライターでもありマーケティング研究者でもあります。だから目に入るものや事に対してある程度敏感になっていくわけで、その一環として古文などに親しむことを自らに課しているのです。  というのは、古文といわれる時代には写真などの画像は存在せずただ文章と絵によってのみ、作者の感情なりを表現するしかなかったのですから、現代人以上に文や絵に対する感性が豊かであったのだと思われるからです。  むしろ不便だったからこそあのような素晴らしい文章が残っているのだと思うのです。  人間というのは不思議なことに困難であるからこそ何事にものめりこんでいくのかもしれません。  デジタルも便利だけど人間本来はアナログの生き物だと思うのです。 絵の具、染料、水墨、筆、などアナログに徹して、いかに情景や状況を語るかを日々鍛錬しているデザイナーであります。スーパーの店頭は野菜や果物が一番目立つところにあります。 おおきく二つの狙いがあります。一つは季節感の演出という店舗のメッセージを感じてほしいから「あぁ もう初夏だねー」などといったお客の感性に訴求する役割と、もう一つは販売力強化して旬のものを劣化する前に販売して不良在庫にしないためです。「旬だから買っておこう」のようなメッセージです。 人が人として生きていくに際し「何が正しくて、何が間違っているか」という事を常に考えてお
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