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キャッシュレスでのお買い物が当たり前になってきたので

今日は低学年のラボ生の親御さんから「近くに手渡しでお金のやりとりができる駄菓子屋さんはないでしょうか?」というご質問がありました。 お伺いすると、どこのお店もセルフレジやキャッシュレスでお支払いすることが多くなったり、子どもがゆっくり考えながらお買い物をできる環境では無いので、どこかそういうところがないかな〜とのことでした。 子どもたちにとって、キャッシュレスでの買い物は当たり前になっていくと思うので、自分で計算しながらお金を出して買うというアナログの経験をと思われたそうです。 一軒だけ何とか経験できるかな?と思える駄菓子屋さんがありましたので、お伝えしようと思っております。 そういえばそうだなあと思われた親御さんがいらっしゃいましたら、一度経験してみると良いかなと思います。 それでは今日もあたたかくしておやすみ下さいませ。
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昭和の駄菓子屋さんを楽しむ少年たち

こんにちは!今回のイラストは、昭和の駄菓子屋さんを楽しむ少年たちを描いてみました。ご覧いただきありがとうございます。次回作もお楽しみに!
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日記「大雨の町並み」

【閉店する店】 先日歯医者に行った時 治療が終わってアイスを買うため イオンに向かって歩いてたら 長年続いてたお店が数件閉店してた そのお店の1つに駄菓子屋があり 年老いたおばあちゃんが経営してて たまに駄菓子を買いに行き 色々お話をさせてもらってた。 この駄菓子屋を維持してる方法は 息子さんが母親である店主の おばあちゃんのボケ防止の為に 赤字覚悟で店を経営してるとの事 でもこの駄菓子屋が突然無くなり 店が改装され普通の一軒家になり 誰かが住んでいる様子で 完全に変わってしまった。 |ω・`)ショボーン もしかしたらおばあちゃんは 駄菓子屋を引退し隠居生活に入り きっと今頃悠々自適に暮らし 残りの人生謳歌してるのかも。 その他俺がよく行くお店で 裁縫屋さんがあったのだけど 数か月前から店主が体調不良で ずっと店を開けてない。 この事が書かれた張り紙を見て きっと数日待てばまた開店して 元気な姿を見せると思ってたけど いまだに開店してないから心配。 シンパイ(。´・_・`。) 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【湿度調整】 昨日久しぶりに大雨が降り 気温も下がってきたので エアコンを切って過ごしてると 湿度が高くて息苦しくなってきた 何故か俺は 湿度が高いと少し息苦しくなり 鼻呼吸がしずらくなるから 湿気が大っ嫌い。 なので気温が低かったけど 湿度を下げる為エアコンをつけ 外より少し涼しい部屋にして 呼吸しやすい状態にしてた。 (´∀`*)ウフフ すると母親が家に来て 「涼しいのにエアコン付けるなんて 電気代もったいない」と言われたが 湿度が嫌いだからそのままつけてた 俺
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ふしぎ駄菓子屋『銭天堂』

2024年 12月21日 土曜日 映画 ふしぎ駄菓子屋『銭天堂』 店主:紅子役  元宝塚 月組トップスター 天海祐希さん 願いを叶えてくれる「駄菓子」を売り 「その後の人生は本人次第。」と 夢のような商売人役。 対する敵役 たたりめ堂店主 よどみ役 上白石萌音さん (上白石萌歌さんの姉) 悪意を集めている。 同じく駄菓子を売っているが 客の人生など お構いなく 夢を食い千切るのが楽しみ なにわ男子のエース 大橋和也さん バブリーダンスで注目された 井原六花さん 原作は多分 漫画でしょう。 詳しくは知りませんけれど 映画化されるくらいなんだから。 これは気楽に観ました。 童話チックな メルヘンチックな 何も考えないで 全てを受け入れるように観ていれば 楽しめると思います。 特に お子様向けだと思います。 この作品を鑑賞する気になったのは 天海祐希さんが 役作りをする上での事とか 敵役の「よどみ」の風体が 格好良かったから。 私、 悪に魅了される事が多いから。 「光」あれば そこには必ず「闇」が有ります。 この二つは共存していて 「神」と「悪魔」のよう・・。 そのバランスが 心の平穏を保ちます。 ドラマ創りに於いても 只々平和なだけでは 放映打ち切りに なっちゃいます。 何か事件が起こり それを解決して行く過程が有って そこに面白さが隠れています。 で ないと 必殺仕事人 水戸黄門 八犬伝 暴れん坊将軍等々 誰も観なくなります。 只、 現実社会では 平和が一番ですけれど・・。
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「新世界」

【当選】5歳の時三郷団地の7‐11‐603に住んでいた。この団地は8畳のリビングがありその奥に10畳の畳部屋があった。このタイプの部屋の団地は3人用の団地だったけど我々家族4人で暮らしてた。その訳は4人用の団地が満室で空室が出ると抽選になるのだけど全然当たらなかったから。そのおかげで我々家族は仕方なく抽選で当たった3人用の部屋んに住んでいた。(´・д・`)ショボーンしかし何度か抽選に通った結果とうとう4人用の部屋が当選した!ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪そして我々はウキウキしながら引っ越す事になった。〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓【利便性】当選した4人用の団地は3‐5‐303という部屋だった。この場所は団地の中でも外れの方の団地で中心にある商店街から離れてた。その為お店に買い物に行く時は自転車で行かないと凄く遠い。以前住んでた場所は1階に「タジマショッピング」と言うスーパーがあり凄く便利だった。でも広い家に住みたかったから買い物が遠くても仕方ない。(-_-;)タイヘンしかしこの団地には真下に大きな公園があり遊びに行く場所が凄く近い。以前住んでた場所にも真下に公園があったけど凄く小さくてつまらなかった。|ω・`)ショボーン〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓【公園デビュー】母親は4人用の団地に引っ越す時自転車でこまめに家財道具を運んでた。( `_ゝ´)ヨイショヨイショその理由は引っ越し後の荷物の整理を最小限に抑えスグに通常生活をしたかったと言ってた。そして引越しをする日大きなトラックが早朝に来て家財道具を運びだし引っ越した。この日おばあちゃんが来てくれて俺と弟
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「金賞の大外れ」

【紙芝居屋】 6歳の時リヤカーの紙芝居屋がいて 鉄腕アトムや魔女娘メグや鉄人28号 などの紙芝居を自作して披露してた 駄菓子屋さんがいた °˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖° この紙芝居屋さんはリヤカーの前面に 木の枠の紙芝居を取り付けて荷台には 色々な駄菓子を入れる小さなタンスの 菓子入れを乗せてた 当時はもう紙芝居屋さんなんて絶滅し 駄菓子屋のお爺ちゃんがそれは寂しい と言う気持ちから昔の文化を復活させ 我が町の三郷団地に来てくれてる この駄菓子屋さんは毎回豆腐屋の笛を 鳴らし団地内を歩いて周りその後ろに 笛の音に誘われた大勢の子供達が付き 停止して紙芝居をするのを待ってた 俺は豆腐屋の笛の音が聞こえると毎回 紙芝居屋だと解り母親から100円貰い その笛の音の方向に走って行き急いで 紙芝居屋を見つけようと必死だった! 紙芝居屋はある程度子供達が集まると そこに停止して紙芝居を始めるから 俺はその前に何としても到着したくて 一生懸命探しまくる すると大抵他の子供達も走ってるので 皆紙芝居屋に行く子だと直感で解かり その子達が行く方向に俺もついてくと 必ず紙芝居屋さんを発見できた (∩´∀`)∩ワーイ 〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓=〓 【ハズレばかり】 紙芝居屋さんに到着すると毎回20人位 子供達が後ろに付いて行く様子が見れ 俺も団体の輪に入りこの人数になると やっと停止して紙芝居を始めてくれた その紙芝居は俺にとって凄く新鮮で お爺ちゃんの語り口も上手くテレビの アニメを見てる様な感覚になりまるで 紙芝居の絵が本当に動いてる気がした ∑(゚Д゚)スッ、スゲー!! 紙芝居が終わると駄
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「昭和の駄菓子屋(コンビニ)とは⁈💜」🎾🚴‍♀️⚔️🏓🤿🏸😎😍

💎昭和で言うとまさしく町のホットステーションだったと痛感しています。その駄菓子屋のおばちゃんこと、私の母でした。私は、多感な小学、中学を駄菓子屋というところで過ごしたという事です。母が主人公なのはもちろんのことですが、この時代(昭和)の駄菓子屋というのは今思うと自然と近所のいろんな人間の感情が集まる場所であったと言えると思います。気軽に入ってきて、気軽に話をして、100%駄菓子ではなくて今でいうコンビニが扱っているこじゃれな商品も置いていたのです。ですから子供から大人まで、そして私の友達も遊びに来るという事で母と私で応対していたのを覚えています。いろんな物語が記憶に残っている次第です。故に、私の母はゴットマザー的なフィーリングを醸し出すようになっていました。私の経験ではないですけれども、ある方の”味な話”としての駄菓子屋物語を記載したいと思います。昔、行きつけの駄菓子屋がありました。正式名称はわからないですが「オバコンの店」と呼ばれていました。流行っていた子供向けの特撮テレビ番組「ロボコン」から、おばあちゃんがやっている店という理由で「オバコン」なのかもしれないけれど真相は謎でした。オバコンは、不愛想でした。子どもに媚びを売るようなことはいっさいなかったのですが、なぜか私は、オバコンが好きで50円や時には100円玉を握りしめて「世間話してくる!」といって、足しげく通いました。行けば話し込み、トイレを借り、一度だけ昼ご飯を作ってもらいました。「オバコンとご飯を食べた!」というたびに大人たちは驚きました。驚くという事は、おそらく近所では親切なばあさんという事では、通ってはいなかった
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「昭和のほどよい暮らし!💜」🎾🚴‍♀️⚔️🏓🏊⛳😎😍

💎”モノと人を大事にする暮らし”不況で元気を失いがちな中、振り返ればそんなに遠くない過去に今よりずっと物は少なく経済規模だって小さかったけど活力のあった時代があります。便利な機械の登場に恩恵をこうむりつつもそれに頼り過ぎないで昔からの知恵を活かし、人の手でできることはする。輸入品を含めおしゃれなものや素敵なものが次々と現れそれなりに楽しみを享受しながら使い捨てには走らない。人と物を大事にする暮らし。モノはあっても贅沢でなく、ほどほど便利で生活快適。携帯もパソコンもないかわり、人と人のつながりがやさしく温かい。そんな「ほどよい」暮らしがあった時代。日々のほどよい生活の工夫の中に昭和30、40年にその原点があると!・昭和二十年代の建物、三十年代の道具・頑張らない掃除・洋食ふうへの憧れ・野菜中心の食事とフードプロセッサー・おばあちゃんの風邪退治・ほの甘くて温か、葛湯の幸せ・ほどのよいカーテン探し・ピンクをめぐる冒険・きれいに泳いでリラックス・体に合う服、合わせる服・セミオーダーという選択・ラッパにひかれて豆腐屋さん・屋台のわらび餅やさん・リヤカーの焼き芋屋さん・リヤカーで生湯葉を・温泉の恵み、いつまでも・レンタサイクルで半日旅・町の身近なお医者さん・親知らずを抜く・痛みを味わい、気づくこと・音がいろいろ多すぎる(小さくても役に立つもの)・冷房と上手に付き合う💎ミシンと戦争の深い関係!博物館の台所の床は、上げ板になっていてぬか漬けの樽を下に置ける。博物館の人に聞くと、同じ床下収納でもマンションのそれは周囲をコンクリートで覆われ風通しが悪く、熱がこもりやすい。それは昔の台所は、床下からも
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