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桜木紫乃さんと辻仁成さんとボク

すごく眠くてこのままだと寝てしまいそうなので、一筆書くことにしました。昨日、直木賞作家で同郷、北海道釧路市出身の桜木紫乃さんのトークライブに行ってきました。その中で、桜木さんがNHKのトップランナー第1回放送のゲスト、辻仁成さんが会場に訪れている聴衆からの「小説家になるにはどうすればよいか?」という質問に答えた時の言葉が忘れられないと言っていました。その答えは「小説家になろうと思って、小説家の勉強をする人なんていない、ミュージシャンになろうと思って、ミュージシャンの勉強をする人はいない」だそうです。明確には覚えていないので、こんなニュアンスだったと思います。桜木さんも「自分が体験している常識は、他人にとっては非常識で、面白いものかもしれない」と思ったことが小説を書き始めた動機とも言っていました。小説と漫画原作と作詞をやろうと、今、創作指南本や小説、漫画を読み漁ってる自分にとっては、自分は型を知ってみるのも悪くないと思っているので、それは良しとしても、心を槍で突かれるような言葉でした。きっと、心のままに描くという行為も大事なのでしょう。自分自身もいろんな経験をしてきた上で、最近、思うことが少なくなってきたというか、どうでもいいと思ってしまうことも多く、それは心の感度というものが鈍ってきた、余計なとこに目がいかなくなってきたのかもしれませんが、もっといろいろ述べたいのに、述べる力がない気がしています。創作家を目指す立場として、どうなんだい?と思えてなりませんが 笑インプットが足りないのか、世の中に飽きてしまったのか、やりたい気持ちを掻き立てたいものです。うだぐだ考えていないで、手を
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【直木賞作家に褒められた思い出】

 「他者の存在を認知している」、つまり、  「あなたがそこにいることを私は知って  います」、という意味の「ストローク」。  この「ストローク」については、5つの  望ましいとされる建設的な交流があるが、  これを私自身の体験談を交えて紹介する。 ────────────────────  さて今日は、③自分の欲しいストローク  が来たら喜んで受け取る。についての話。  ●作家に自分の演技を「凄いかった」と   褒められて、「ありがとうございます」   と答えた。  肯定的な「言語的ストローク(褒める)」  と言えるだろう。誇らしい思い出である。  何年か前、私は、直木賞作家の難波利三  先生原作の「大阪希望館」という舞台に  出演した。戦争直後の大阪で警察が没収  した米を出させ浮浪児を養っている私設  の孤児院「大阪希望館」の物語で、私が  演じたのは辻岡という新聞記者。原作に  登場しないこの男、館長のやることなす  ことに何かと言っては疑惑の目を向けて、  度々やって来てはネチネチと嫌味を言う、  という演者の実像とはかけ離れた人物だ。  ミュージカル仕立て故にソロで一曲唄う  場面もあるので、出番が短い割には難役  であったが、当時の本職における自分を  反映させてどうにか無事に演じおおせた。  その公演終了後、小道具を片付けるため  会場の外に出ていた私に、一人の年配の  紳士が「あんた、うまかったなあ。感心  したわ」とお言葉を掛けていかれたのだ。  その時は、思いがけないお言葉に、ただ、  「ありがとうございます」としか返事が  出来なかったのだが、後で聞いて驚
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芥川賞・直木賞 該当作なし

 こんにちは、効率オタクです。 芥川賞・直木賞において、今回は「該当作なし」という結果が発表されました。選考委員会の見解としては、新しい試みにあふれた作品は多く見られたものの、もう一段の完成度が欲しかったということ。また、全体のレベルが拮抗しており、突出して票を集める作品が現れなかったとの事です。 この「該当なし」という判断は、出版業界や書店などにとっては大きな痛手となり得るものです。しかし、この決定は十分に意味のあるものだと感じます。受賞作を無理に選ばず、疑問を問う姿勢は、文学の水準の高さを保つことにつながるのではないでしょうか。 将棋の世界ではAIの登場によって劇的な変化が起きました。プロ棋士たちはAIを研究に活用し、局面の読みや着手の精度が格段に向上しました。また、AIによって形勢が数値化されることで観戦スタイルも変化し、「見る将棋」も含め業界全体が盛り上がりを見せました。最近では次の一手で「人の選択率」という項目まで出ており次の一手の難易度までわかるようになりました。、AIが示す手に対してプロ棋士が解説し、どのように人間の感覚で対局を捉えているか面白みも増しました。 一方、文学の世界も確実に水準は上がっていると思います。ただし、将棋とは異なり、数値で測ることはできません。読めばすぐに「これはAIが書いたのではないか」とわかるような文章もありますが、もっと微細な表現においては判断が難しい場面も増えているのかもしれません。 もしトップクラスの作家たちが執筆や推敲の一部にAIを大きく頼っていたとしたら、そこにはある種の型のようなものが現れプロの目はごまかせないのかもしれません
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