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仏の与平さん

前編より続く我が家の名前が大阪に多いい名前で地元になかったことより商人であった可能性が大である。お金で庄屋の権利を買い住み着いたようだ。我が町の近くに鞍掛山がある。鞍掛山には黒い米があると言い伝えられていた。幼子が何故そんな話を記憶しているのか不思議だが触れてはいけない話を聞いたような気がしてとても怖かった。鞍掛山にある鞍掛城について説明をコピペで貼り付けた。標高240mの鞍掛山の尾根に築かれた実戦的な山城である。築城年代は不明。大内氏の家臣・杉氏の居城。近隣には、すぐ北に椙杜氏の蓮華山城、南側には小方氏の瀬田城がある。 弘治元年(1555年)に、陶晴賢が厳島の戦いで討死し、同年より毛利氏が周防・長門国への侵攻を開始した(防長経略)。その際に城主であった杉隆泰は、毛利元就の勧告に従い降伏。しかし、蓮華山城の椙杜隆康が、大内氏と杉隆泰の内通を元就に訴えたため、毛利軍は鞍掛山城を攻めた。父の杉宗珊とともに籠城した隆泰がよく抗戦したため、毛利軍主力は山口方面に侵攻すると見せかけて蓮華山城へ兵を入れ、早朝に城の背後から奇襲を仕掛けた。不意を突かれた鞍掛城籠城軍は、混乱に陥って壊滅。毛利氏に降って城攻めに加わっていた瀬田城城主・小方元康の手で隆泰も討ち取られ、鞍掛山城は落城した。この戦いで兵士が1000人殉死その碑が今もある。当時の千人は大きいとおもいます。兵糧米も焼いたのでしょう それが黒い米のいわれです。その参事を慰めるために我が家の菩提寺が家老の子によって建てられたと聞いております。後編に続く
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☆私の経験談☆

高齢者夫婦で暮らしておられ、ご主人が末期の癌そして余命6ヶ月と 診断されてから、奥様がご主人の介護を懸命にされていました 子供は2人おられ仕事の帰り毎日、お母様とお父様のお世話をされていました 奥様は娘に迷惑をかけてはいけないという思いが強く「もう来なくていい!世話なんてしてくれなくていい!」と お世話に来てくれる娘とよく喧嘩をされるようになりました 徐々に娘も実家に行く日が少なくなってきた頃 奥様の体調が悪くなりました 献身的にご主人の介護で体力的にも身体的にも限界だったのでしょう 私が初めてお会いした時にはそんな状態でした 娘さんからお母さまをお父様の介護から離したい そうでないと両親が共倒れになってしまうと相談を受けました お母さまはお父様を家に一人残して自分が介護サービスを利用することに対し 強く拒否されていましたが、半ば強引に娘さんが決められ 仕方なくお母さまもサービスを利用することに納得されました そのサービスは小規模多機能型居宅介護といい 【通い】【泊り】【訪問】という3つのサービスを一人ひとりの生活に 合わせて必要な時に必要なだけ利用ができるというサービスです そこで【通い】デイサービスの様なサービスを利用されることになりました 最初はお母さまの不安などを考慮し短時間の利用から始めました 利用初日ハプニングが起きました! 施設に着くなりお母さまはトイレにこもり出てこられません(;´・ω・) 何度も声をかけトイレに入らせて頂きました するとお母さまは泣いておられました 「私は娘に酷い事ばかり言ってきた、私は何もできないのに偉
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望みを捨てないということ

もしかしたら、これはとても強い執着なのかもしれません。そこにこだわっていたら、自由になれないし頑なになってしまうかもしれません。それでも。それでも叶えたいことがあるのなら、望みを捨てずに持ち続ける。それだけで生きる力になることがあります。少なくとも私はそうやって生きてきました。生きていく理由があるとしたら、「心臓がとまらないから」「呼吸がとまらないから」「朝目覚めてしまうから」体は「生きていこう」としているのに、意志はあまり乗り気じゃなく、次の日に目が覚めないことを願うそんな日々が私の人生でした。「仕方ないから生きている」平常を装ってるけども、実は心の中は真っ黒けっけ。(^^;)これでは困ると魂も思ったのでしょう。魂は私の目標になるものを見つけさせました。目の前にニンジンをぶら下げられたのです。その夢を今、追っているのです。それがなかったら、私はこの世にいるかどうか。叶わなかったら、それはそれで仕方ない。でもできれば叶えたい。『絶対にあきらめない!』と強い意志で突き進むほど馬力があるわけではないし、根性があるわけでもない自分をどうやって「生きてみよう」と思ったか。『望みを捨てないで持ち歩こう』遠くにある輝く素晴らしい到達点である場所に夢はあると思っていました。そんな遠くの世界にまで行く体力・気力がない自分には無理だと思っていました。だから、ポケットにバッグに自分の望みを持ち歩くことにしました。希望をいつもそばに入れておくことで、「私には希望がある。望みがある。」そうやって自分を自分を励まして生きてきました。豪快にブルドーザーのように、10トントラックのように、オフロードカーのよ
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学ぶということ〔後編〕

昨日の続きを書きたいと思います。この学びの星「地球」での生活は、魂を細かく分裂させることで「制限」を生じることができ、それが「学び」へと繋がります。そして、「学びの分裂」は多すぎると魂が何のためにこの星に生まれてきたのか、どうして学ぼうとしたのか、わからなくなってしまい、生きている意志自体が苦しくなっていきます。実際にそうなってしまうと、この星での体験学習が苦しいだけの体験になってしまいます。そうならないように、自分で「学びの分裂」は調整しないといけません。その方法をお伝えします。あまりにも、学びの分裂をしすぎて、この星で生きることが嫌になってしまった時には、「統合」します。分裂の逆です。沢山分裂してしまった魂を元々の一つの光に戻します。①座っていても立っていてもよいので、深呼吸を3回します。②目をつぶって自分の魂が自分の中心にあると想像してください。 それは大きな大きな魂の光の塊が光っています。 でも、それはよくよく見ると、沢山分裂していて、細かな線が沢山入っていて、まるで進化中の胚のようです。 この状態は、あなたが沢山の学びを得ようとして、この星で体験学習するための方法として魂に意志を伝えた結果です。 あまりにも熱心だったために、本来の魂の光があまりにも制限され、この星から帰りたいぐらいになりました。 そこでこれから、その胚になっているような分裂を軽減させます。 一度リセットして胚になろうとしている魂の分裂を元々の光の強さに戻し、本来の魂の軽やかさを取り戻します。③想像できたら目を開けて、目を開けたまま目の前に大きな鏡があると想像してください。背丈ほどの鏡です。 そこに胚の
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