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恋愛することに自信がない27%!

廉清生織のブログの部屋へようこそ何時もお越しいただきましてありがとうございます20代同士の恋愛事情を探って参ります恋愛することに自信を持てない20代男性が27%もいるんです「自信をもつ」ためにどうしたらよいのか?一緒に考えてみませんか?「自信がない人」がしてしまう癖があるんです「自信がない」→「自分には価値がなくダメな人間だ」→「ヒトの目が気になってしまう」→「失敗するのが怖い」→「自己主張・自分らしく振舞えない」→「自分を責めて落ち込む」→「更にネガティブになる」→「自分には価値がないダメな人間」→「やっぱり自信が持てない」負のスパイラルから抜け出せなくなりますでは自信とはそもそも何なのでしょうか?自分の行動がポジティブな結果になると信じられる度合いのことを「自信」と言います自信をもっていることのメリットは?「生きやすい」「過ごしやすい」と感じることができることなぜ自信を持つと生きやすいと感じるのか?人は「他者の評価」よりも「自分の個人的な基準」を重視して自分を評価することが知られています このことは周囲の評価に惑わされず自分の在り方を自身が認め受け入れる「自己受容」の感覚にも繋がっていると考えられます自己受容とは・・できる自分だけでなく「できない自分」も同時に認め受けれいていくことでもあります「自分を受け入れることで自分らしく生きていくことが可能になる」のです自信のある分野が増えるほど自然と自己評価も高くなりりがちです自信があれば打たれ強い自分になれます「失敗は成功のもと」「失敗は自分を成長させるために必要な試練」なのです失敗を恐れないでください完璧にこなそうなんて思わない
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苦しみで生きるか喜びで生きるか

わたし達が生きる二元性の世界では生き方が二つに分かれます。それは苦しみで生きるか喜びで生きるかです。苦しみで生きる生き方は仏教で言うところのカルマになるようです。思考(自我)によって良いか悪いかを四六時中監視して最終的にこのままじゃダメだとなんとかしようとするのがカルマに乗った生き方です。逆に喜びで生きる生き方はダルマと言われてるようです。生きている実感を味わたい本当のわたし(真我)にとってはどちらの道でも目的を達成しているのでどちらでも良いのでしょうけどこうやって聞くとわたし達(自我)は当然、苦しみより喜びを選択したくなります(^▽^;)ではどうすればいいか?これも結局のところ思考(自我)を観察していかにカルマに乗っからないかしかありません。つまりは四六時中流れる思考(自我)の声を観察し、スルーしていかに瞑想状態でいられるかです。瞑想なくしてカルマからは逃れらません。唯一無二の方法なき方法です。そしてカルマの影響を受けなくなればなるほどダルマ(喜び)の生き方に自然になっていくのです。
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【過去の自分よ、さようなら】

💫ちょっと待て。今のその思考が未来に現実化する。自分の現実って、一体どうやって生まれてくると思う?神様が導いているの?
運命に従っているだけ?
それとも生まれた瞬間に全てが決まっているの?あるいは目には見えない世界からの指令を受け取っているなんて思ったりしていない?でもそんな風に考えるのは少し夢物語かもね実際のところ現実とは日々の思考の積み重ねなのだから過去の苦しみや悲しみをいつまでも抱えたままだと
その感情が未来に同じような出来事を呼び込んでしまうもし今のあなたが苦しみの中にいるのなら
心にこう問いかけてみてほしい「どうして私はこの悲しみを手放せないんだろう?」
「なぜ、こんなにも辛さを感じ続けているんだろう?」その答えが見つかったとき心の奥底から自分を癒してあげて
少しずつ自分を立て直す準備をしていこうそして、気持ちを切り替えて新しい未来への一歩を踏み出そう今日は過去の痛みと別れを告げよう今日も良い1日を✨こんなこと思ってませんか?・過去の辛さから立ち直れない・ネガティブな思いを心に抱えている・嫌な出来事が忘れられないそんなあなたに、過去の辛い思いを手放し未来を明るく、楽しく、豊かで、ポジティブに変えていく簡単な方法お伝えします
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その悩みの背景には日本の教育がある??

「こうあるべき」「こうすべき」など、社会で生きていく上で私たちが自然と縛られてしまっているものってありますよね。年を重ねれば重ねるほど、その縛りがきつくなっているような気さえします。 そして、いつしか「こうあるべき」「こうすべき」にとらわれていることすら気づかない自分がいたりします。 本来全然違う個性を持った人々が互いに理解しあい共存することはほぼ不可能に近いと思います。だからこそ、「こうあるべき」「こうすべき」という一定の不文律を持ってある意味強制的に統制を図ることは、ある程度価値のあることかもしれません。 しかし、「個性を伸ばす」という意味では「こうあるべき」「こうすべき」という縛りは、出来る限り排除できた方が望ましいと思いますし、同じように感じている方は多いのではないでしょうか? ただ、実際にその呪縛から逃れようとすると本当に難しいことに気付きます。一度その呪縛から逃れられれば一気に「突き抜けられる」のに、なかなかそうはいかなくて悩んでしまっている方は多いですよね。 では、そもそも、そういった呪縛はどこからやってきたのでしょうか? 私は、学校教育が大きな原因になっているように思います。 私自身「学校の勉強は全然役に立たなかった」という愚痴を聞くことはよくあるのですが、社会で生きているほとんどの人が学校教育の影響を強く受けているように感じます。 例えば、「授業中は静かにする」「先生の教えを受けて学ぶ」「暗記中心」「考えることは大事」などなど、体に染みついた習慣に心当たりはありませんか? また「嫌々でもやらないといけないことはやる」ということが良いことだと感じたりしていません
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苦しみから抜け出すために今日から始めること

なんとなく感じる苦しみから抜け出すためにどんなことをすれば良いのか?ということを結論から言ってしまうと、「人を喜ばせること」につきます。人を喜ばせることと聞くと何か特別なことをしなければいけないんじゃないか?と感じる方もいるかもしれませんが、全然そういうことでもないんですね。自分自身が毎日楽しく幸せにゴキゲンで生きる!というだけで、あなたが周りに与えているものはものすごく大きなものとなっていきます。自分の手の届く範囲にいる人たちに、今の自分が出来る範囲で喜びを与えていくということが、苦しみから抜け出し、自分自身の幸せに繋がっていきます!何かの参考にでもなれば幸いです。動画はこちら
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