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捨てた言葉があります

私が20歳前後で捨てた言葉(など)があります。プライベート(身内でも基本的に同じです)でも仕事でも使いません。俺、お前、やれ(などの命令言葉)、呼び捨て、了解、職場での友達言葉遣い(いわゆるタメ口、年下後輩、仕事の立場の上下、社内外あらゆる関係性に関わらず)言葉は表出するものですが、それは「内」を表します。その「内」がなければ意味はあまりありません。つまりこれは、内であらゆる場面、あらゆる人、あらゆる「他」に敬意をもって接するということを意味します。他人には自分にできないことができる、知らないことを知っている、持っていないものを持っている、これが必ずあります。当たり前ですが年下でも、子ども(自分より寿命が長い=可能性が大きい、など当然のことも含めて)でも必ず、です。これに敬意を持てるかどうかです。必ずしも見えるものではありませんし一生わかることもないことかもしれません。でも必ず自分にはないものを持っています。それに対して敬意を持つのは当然でしょう。
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綺麗なことばをつかおうよ

呼吸は無意識と意識の間にあり、勝手にしているものでもあるけど呼気を長くしリラックス効果を高めることができる珍しい活動です。ことばもそうだと考えています。いつでも綺麗なことばを使うのは野暮ですが、その場その場に合わせて綺麗なことばを使うのはマナーでもあるし演出です。女性を口説く時と商談の時と、絶対ことばは変わりますよね。そして流行もあるし時代のセンスや年齢や空気感、前後の流れなど、汲み取ってのことばは芸術でもあります。その演出家はあなた自信なんです。ことばは選び方で相手を怒らせたり、悲しませたり、喜ばせたり、たくさん感情を起こさせます。感情が動けば思い出になり、その後何年にもわたって私たちを動かします。たくさんの言語はあるけども、ことばが人を動かすという事実は変わりません。しかも同じことばでも誰が話すかによってまったく受け取り方が違います。私は綺麗なことばを使いたいです。正しいか正しくないかではなく、聞き取りやすく相手の感じている感情を切り取り、表現・代弁できるようなことばを使いたいです。それが共感を表すと考えるからです。
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