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私が、叶わない願いを見過ごせなくなった理由

序章|神前には、誰にも届かなかった涙が残っている神前に立つようになってから、私は数え切れないほどの願いを見てきました。恋愛成就。復縁。結婚。家族の健康。仕事の成功。人生の再出発。人は人生の節目に祈ります。苦しい時ほど祈ります。どうにもならなくなった時ほど、神様へ願いを託します。私はその願いを受け取り、祝詞を奏上し、神前へ届ける役目を担ってきました。そして、その中には。願いが叶った方もいました。何年も想い続けた相手と結ばれた方。絶望の中から人生を立て直した方。涙を流しながら感謝を伝えてくださった方。神職として、これほど嬉しいことはありません。ですが。私にはどうしても忘れられない人たちがいます。それは。願いが届かなかった人たちです。神前に願いを託したまま、二度と姿を見せなくなった方々です。私はその方々のことを、今でも時折思い出します。あの方はどうなったのだろう。今は幸せになれているのだろうか。願いは届いたのだろうか。その答えを知ることはありません。ですが私は、神前に立つたびに考えるようになりました。なぜ、同じように願っているのに。叶う人と叶わない人がいるのだろう。第一章|願いが弱かったわけではない世の中にはこんな言葉があります。想いが足りないから。努力が足りないから。執着しているから。手放せないから。ですが私は、そうは思えませんでした。なぜなら私は知っているからです。誰よりも真剣に願っていた人たちを。眠れない夜を何度も過ごしながら。食事も喉を通らないほど苦しみながら。それでも誰かを想い続けた人たちを。私は知っています。恋愛の相談を受ける中で。神前へ届けられた願いを見続ける中で。何度
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とうとう琉球尚王まで登場。毎日がラッキー実は、あなたも、きっとそう。

昨日、ブログを久々に投稿しようと思ったのは、実は、昨日、こちらココナラサイトで、クーポンが10000ポイント当ったからでした。肝心のそれをブログに書き忘れたのですが(^^;、おかげ様で ココナラサイトでも、実績ある頼りになる方との出会いがあり、新コンテンツの構築が順調に進みそうです。今日は、先日ひょんなことから、仲良くなりました元一流ホテルエグデクティブリーダーSさんとお会いして博物館で、ランチをご一緒しました。知らなかったのですが、この日は、偶然、博物館閲覧全てフリーの日で、知らなくて来館されたのは、ラッキーでしたねと受付の方が笑顔で対応してくださいました。さらに、Sさんは、琉球王朝最後の王様尚王の血を引き継ぐ方と大の仲良しとことで、その方から頂いた新書の書籍を博物館に寄贈されていました。凄すぎ(;'∀')その後は、意気投合してカラオケまで(笑)ほとんど、おしゃべりで、歌ったのは、お互いに1曲のみでした(笑)お陰様で、楽しいひとときと、レアな国宝級展示物を直で しかもフリーで見ることができた上、彼女からのいろんな私の知りたかったお得情報も頂き、本当にラッキーな一日でした。Sさんは、日本人とアメリカ人のハーフで、現在は、翻訳のお仕事もされていて、私のコンテンツのニーズが、外国でももしも もしもあったら翻訳をお願いしようかなと 妄想は続きます。予祝しなきゃ(笑)このような想像もしていない舞い込むような不思議な出会いがあるのですね。つくづく毎日の感謝日記、感謝の言霊、吉方位旅行の効果をあらためて感じています。
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琉球の祈り

あなたの魂が本当に願っていることへ流れを戻す祈り琉球霊視 ゆりこです。祈り、と聞くと、多くの方がこう思うかもしれません。神様にお願いして、願いを叶えてもらうこと。好きな人と結ばれますように。あの人が戻ってきますように。でも、私の祈りは、少し違います。私の祈りは、表面の願いを、力ずくで叶えにいく祈りではありません。あなたの魂が本当に望んでいる方向へ、滞ってしまった流れを元に戻していく祈りです。私の原点は、祖母でした。祖母は、生涯、手を合わせ続けた人でした。家の中でも、遠い霊地でも。ときには一人で山にこもることもありました。何かを強くお願いするのではなく、整える。鎮める。本来へ戻す。不思議なことに、祖母が拝むとその場の空気が変わるのです。張りつめていたものがゆるむ。そして、止まっていた現実が少しずつ動き出していく。「あの人をこうしてください」とは、祖母は言いませんでした。流れを整えるだけ。あとは、流れがひとりでに本来の方向へ戻っていく。幼い私はその光景を何度も見て育ちました。やがて私自身も、沖縄の御嶽や霊地を巡るようになりました。祖母から受け継いだものを確かめるように。目には見えなくても、届くものがある。これが、私の祈りのいちばん奥にある原点です。なぜ、人の流れは滞るのでしょうか。私はこう思っています。人の魂は、本当はもう答えを知っています。どう生きたいのか。何が違うのか。本当はどうしたいのか。けれど、恐れや長く重ねてきた我慢が、その答えから少しずつ目をそらさせてしまう。本当の気持ちを置き去りにしたまま、「これでいい」と自分に言い聞かせて、生きていく。そうして、本当の自分から離れて
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私の人生、これでよかったんだっけ

私の人生、これでよかったんだっけふと、そう思う夜はありませんか。大きな不幸があったわけではない。仕事も、家のことも、それなりにこなしてきた。誰かに責められているわけでもない。それなのに、ひとりになった夜に、天井を見上げながら、こう思う。私の人生、これでよかったんだっけ。こんなはずじゃなかったのにな。四十を過ぎたころから、この問いが、ふいに訪れる方が増えていきます。それは、後悔ではありません。人生をやり直したい、という叫びでもありません。誰かに言うほどのことでもない。自分でも、うまく言葉にできない。ただ胸の奥で、こんな声がする。私、もっと何かできる人だったんじゃないか。こんなところで終わる人生じゃないはずなのに。それは、わがままでも贅沢でもなく、「そろそろ、自分の人生を一度見直してもいいよ」という、あなたの奥からの合図のようなものです。私は、人の人生には「流れ」があると思っています。恋愛の流れ。縁の流れ。魂の流れ。そして、願いの流れ。調子のいいときは、その流れが、すっと前へ進んでいきます。やることなすことが、不思議とかみ合う。けれど、苦しいとき。同じところを、ぐるぐる回っているように感じるとき。そういうときは、たいてい、その流れが、どこかで滞っています。滞りのかたちは、人によって違います。手放せない執着だったり。ずっと握りしめてきた、不安だったり。「私はいつもこう」という、何度も繰り返してきた癖だったり。本人は気づいていないことが、ほとんどです。気づかないまま、同じ場所で、同じように立ち止まっている。「私の人生、これでよかったんだっけ」この問いが浮かぶのは、その滞りに、心がうっす
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琉球絣(かすり)のシンクロ

以前、沖縄の織物「琉球かすり」の帯をパッチワークして欲しい、とのご依頼を頂いたことがあります。で、一昨日。同じ方から「帯にアップリケ出来ますか?」とのお問合せを頂きました。そして今日の午前中「アップリケするのに適している生地と向かない生地があるので、生地によります。前回と同じ様な琉球絣の生地でしたら大丈夫だと思うのですが」的な回答をメールしました。送信した後、さ、仕事行くかー、とチャリをこぎ始めながら私はふとこう思いました。「あーぁ、あの時の琉球絣の端切れとっとけばなぁ~。アップリケ出来るかすぐ分かったのになぁー。。。」職場について早番のAさんと早速会話が始まりAさん「さっきトイレ行って手洗って、ふと後ろ振り返ったらおっさんがいた            のよ!?ビックリでしょ!?女子トイレにさっ」私     「それって、おっさんみたいなおばさんだったんじゃないんですかね」Aさん「www絶対違うって!」私  「じゃぁ、幽霊ですよ。幽霊って普通の人間と同じ様に見えるらしいですよ。沖縄のユタ家系の芸人さんがYouTubeで言ってました。そして突然見えるようになっちゃうらしいですよ!」Aさん「ちょっと、ヤダー!」なんてやり取りをしながら私が後ろを振り返って、今日のお直しはどれからやろっかなーってチェックしてたら。。。「琉球絣」の生地のワンピースが。そうそう、琉球絣の生地があったらな~、と思いながら仕事に来たもんね♪っておい!?!?うそでしょ??そんなタイミングある??私「Aさん!これ琉球絣じゃないっすか!?どーしたんですかこれ!?」Aさん「あー、それ?さっきお客さんが、オーダーで作って
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なんだかメディアに出ている人たちのお陰でユタの名前もだいぶ知れ渡ったらしい【独り言】

なんだかメディアに出ている人たちのお陰でユタの名前もだいぶ知れ渡ったらしい【独り言】前に自己紹介として書いた記事、【かんなぎの本音】本当は霊能者って名乗りたくないんだけれども、どうしようもないから名乗っている【独り言】https://coconala.com/blogs/2854522/204577では、霊能者って名乗りたくないとウダウダと書いていた。で、以前はずっと「おばあがユタで」と言ってみたりもしていたのだが、毎回「ユタ?」と聞かれ続けていた。ユタって当たり前に知られていると思っていた私はこの現実に打ちのめされ(いや打ちのめされてはいないが)、つまり認知度が低いことを理解し、じゃあ一般的に知れ渡っている「霊能者」って名乗るしかないじゃんという結論に達していた。確かにユタ・ノロという存在はエリア限定のものだけど、なぜかみんな、エリア限定の「イタコ」は知っている。きっとこれは過去のメディアでイタコが散々取り上げられてきた名残なのだろうと思う。イタコは、日本の東北地方の北部で口寄せを行う巫女のことであり、巫の一種。シャーマニズムに基づく信仰習俗上の職である。 南東北においては、旧仙台藩領域でオガミサマ、山形県でオナカマ、福島県でミコサマ、オガミヤと呼ばれる。福島県・山形県・茨城県ではワカサマとも呼ばれる。  -Wikipediaより引用-調べてみるといろいろと呼び方があるんだな。地域それぞれ、独特のシャーマニズムが存在する事、それを調べるのが大好きな私だが、イタコについてはそういえば「シャーマン」に属するという事しか知らなかった。しかもどちらかというと「降霊術」だと思っていたの
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琉球古神道にふれる

琉球古神道が知りたいと、沖縄に行ってきました。神人(かみんちゅ)さん、ユタさんにお会いし、世界遺産にもなった斎場御嶽(せぇふぁうたき)や神の島と呼ばれる久高島にも行ってきました。密教の中には、アニミズムもシャーマニズムが内包されていますが、琉球古神道は、まさにそれでした。祈りを中心として生活し、聖域を大切にし、古からの習慣がいまもなお続いています。御嶽などの聖域は、特別な空気感がありました。自然の中にあっても堂内と同じです。大和国でも磐座が神さまが在所として扱われますが、それは琉球でも同じですし、大きな岩には何かあるのでしょうね。「神さまの代替わり」について神人さんからお聞きしましたが、仏教においても天部の神さまは欲界の中にいて、人間よりも長寿であっても輪廻の対象ですから、代替わりはあるのでしょう。沖縄で学んだこと、たくさんあります。私にはたくさんの役割があると、神人さんから言われました。「代替わりの時ですし、忙しくなりますよ」と。私が、代替わりお手伝いをするようです。役割であるなら、喜んでお手伝いしますが、それをどのようにするのかは、まだ謎のまま。沖縄で善い刺激をもらって帰ったきたので、これから瞑想や加持祈祷で活かしていこうと思います。
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『ハブでも分かる!? 偉老説伝』「夫人の仇討ち2」公開

7月30日に沖縄ポータルサイト「DEEokinawa」で連載させていただいている『ハブでも分かる!? 偉老説伝「夫人の仇討ち2」』が公開されました。
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