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作為から遠ざける

昨日はベイグ・レゴを2個つくりました。最初は、できあがるたびに写真を載せて、モチベーションにつなげようと思ったのですがやめました。【ブログにあげること】を目的にした作業的な、作為的なレゴになってしまったらいけないからです。せめて、100個くらいたまったら発表したいと思います。今日は、中田敦彦さんが【YouTube500万人登録いくまで生配信】をやるので、応援したいと思います。狂気を持ったひとが好きだからです。いってらっしゃい。
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🌟 Flawed Digital Xmas

不完全なメリー・クリスマスすべての人に、メリー・クリスマス良い一年だったけれど、日々はあまりに厳しく誰にでも、メリー・クリスマス愛を連れ戻そうとしてきたけれど、この世界は何と言えばいいのだろうすべての人に、メリー・クリスマス太陽に、そして新年を運ぶ鼓動に祝福を誰にでも、メリー・クリスマス誰も知らない所で、希望を捨てずにいる あなたへ「戦争は終わった」 君が歌うのが聞こえたけれど、大人になった僕はもう その響きを信じることができない君は言った、「新しい年が明けるように、息をして」狂気が僕らを取り囲むまで、希望に満ちあふれていたのにMerry Christmas Merry Christmas不完全なメリー・クリスマス
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「狂気」パワーをうまく使い倒そう!

理屈を超えた「好き」が動かす力「なぜそれをやっているの?」と問われたとき、「好きだから」と答えることがある。それはとても単純で、ときに説明しようのない感情だ。でも、そこにこそ一種の「狂気」が潜んでいる。なぜなら、理屈で説明できないことを選び、続けること自体が普通ではないからだ。合理性や平均的な判断では測れないこの「好き」という感情は、ときに自分を突き動かし、他者から見れば少しおかしいと思われることさえある。しかし、それでいい。むしろ、その「おかしさ」こそが大事なのだと思う。計算づくで辿り着けるものや、予定調和の中で生まれる結果では、どうしても面白みに欠ける。ゴールが明確で、始める前から結末が見えているものに対して、心からワクワクできる人は少ないだろう。「好き」という狂気は、その予測不可能性と不確実性を抱えたまま突き進むエネルギーとなる。「どうなるか分からない」がもたらすワクワク感何かを始めるとき、「これをやれば成功する」「こうすればうまくいく」と分かっているものより、「どうなるか分からないけれど面白そう」と思えることの方が人を引きつける。例えば、未知の道を選ぶ瞬間の高揚感。そこには、計画や効率性だけでは生まれ得ない刺激がある。もちろん、不安やリスクも同時に存在する。それでも、その「分からない」という混沌の中に飛び込むからこそ見える景色がある。そのとき、人は全神経を集中させ、あらゆる可能性を探りながら動く。そうした過程で生まれる発見や創造は、計画的な手順では生み出せない。もしかすると、これが「狂気」というものの本質なのかもしれない。他人や社会を気にしない自由何かを本気でやりたいと
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狂気

北条政子さんや岡本太郎さんのような狂気にあこがれる私は、そういう話を友人にしたときにこう言われました。「狂気って自分では気づかないものだ」なんでも、私がレゴブロックでオリジナル作品の製作をしていたとき、5時間近くも床に座り込んで作業に没頭するようすに狂気を感じたそうなんです。なんだ、もう持ってたんじゃん、欲しがる以前に。聞いてよかった。いってらっしゃい。
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こだわりをもって貫く

ある飲食店が流行らなかったのか、一旦クローズしたんですね。でもまたリニューアルして復活という話です。ここから言えるのは、飲食店経営の難しさというのもありますが、どちらかというと狂気という良い意味でですね、こだわりは粘りって大事じゃないかと。その点を考えてみたいと思います。粘りに粘るダイヤのAという漫画をたまたま読んでいるのですが、まだ前半ですね。更新出場をかけた練習試合から予選までのところです。ここで思うのは、野球漫画って色々あると思うんですが、やはりいかに練習しているか、そして技能もあるんでしょうが、それが本番で出てそれができるか。当たり前ですが、やられたくないことを想定してやる。つまり嫌がらせですが、言葉として取り上げると駄目っぽいですが、実際に試合であれば敬遠(投手が三振や打たせてアウトにするということでなくフォアボールなどで勝負しないこと)もありだよなと。でも、まあ超外野的な位置からすると面白くないわけですよね。実際の甲子園でも話題になったような。詳しくは知らないですが。それはいいとして、野球もですが、粘りに粘るなあと。想定外のアクシデントがあっても、それこそ投手はメンタルだなあというのが前半を見ていて感じたところでした。狂気を感じる粘りでいいインターネットが誰でも使えるようになって個人の狂気も露出するようになった気がします。多分ですけど。それを良いと捉えることもあれば、見せなくても良いこともあったりしますよね。実際に見せられるのはそれでも一部で、先でいえば野球部の練習を全部見せるとかって出来ないわけです。実際にインスタグラムとか動画、またはYoutubeで24時間動画
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