言葉なんて要らない

言葉なんて要らない

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コラム
 言葉なんて要らない、床にこぼれるだけ。
そう歌っていたのは矢野顕子だ。
 言葉から受け取るのはいつだって言葉では無いもの。絵のイメージだったり、サウンドだったり、湧き上がる存在感であったり。

 時に、ある人は、考えすぎるなと言う。また、ある人は、よく考えなさいという。
 「ある人」が同一人物だということもあるし、もしかしたらそう言っているのは自分自身かもしれない。

 ゆたかなイメージを頭に描くということも「考える」だし、結果を求めすぎて窮屈になることも「考える」ことだったりするので、「考える」という言葉は曖昧になりやすく具体性が無い。ブレやすい言葉。
 だから、「考える」という言葉は、ちょっと取り扱いに注意を要する。できれば、「イメージをしよう」とか、「予想してみよう」などの言い方にして、より「考える」対象をはっきりとするのが良いと思う。○○を考えよう、と言う時の○○の中身は具体であればある程良い。

 悩んでいる相手へかける言葉も、考えすぎないで、と言うよりも、いま難しい顔をしているよ、などという方が明確だと思う。

 同じようなシリーズで、がんばれ、というものもある。
 がんばれは、励ましの言葉としては使えることもある。しかし、行動を促す言葉として用いると曖昧な表現になるので、これも扱いには注意がいる。
 「キャベツの千切りをあと38個やりなさい。がんばれ!」など、具体的な行動を示した後に励ますという用法は可能と思うが、「がんばれ」はここぞという時以外で使うと、応援しているというよりも、「早くやってください」「しっかりやってください」と急かしているニュアンスになりやすい。
 だから、切羽詰まっている人に言うと余計に追い詰めてしまうことが多いのは、知っての通りだろう。

 ブレやすい言葉を使うと、意見が堂々巡りになる。同じ言葉をそれぞれが違う解釈をするからだ。考えよう、がんばろう、は一般的に使われやすいがブレやすい言葉。お互いの性格がわかっている間柄なら使用可能だが、多数の人に投げかける言葉としては、適さない場面が多いのではないか。
 がんばることをがんばれ、と言っていないかを普段から気をつけていきたい。どうがんばったら良いのか、何を考えれば良いのかがわからないケースは往々にしてある。だから、そこまでを明示してやると良い。それは自分自身に対してもだ。

 言葉による表現は万能ではない。にも関わらず、一人歩きしやすい性質を持つ。言葉に惑わされてはいけない。
 それにしても、言葉はよく響く。頭の中で繰り返される。しかし、言葉「だけ」を聞いているのではない。相手の言い方だったり、機嫌や、人となりなどをセットで感じている。それら言葉以外のものと言葉自体が絡み合って、聞いている人の感情が動かされている。良い方にも、悪い方にも。

 音楽に例えてみよう。好きな曲の話題では、「サビの歌詞がいいよね」などのように印象的な歌詞の話になりやすい。耳に残るメロディだったり、巧妙に演出されたアレンジだったり、はたまた歌手の見た目が好きだったりしていても、音楽の印象は「歌詞」という言葉として頭に残り、説明するのに言葉に頼らざるえない場面は多いのではないだろうか。
 しかし、言葉では語れないことがある。だから音楽や芸術があるんだ。

 言葉だけでは見えない感情を感じ取ったり、言葉の積み重ねから浮かんでくる情景を掴み取ったり、言葉のブレさえも楽しんだりしていきたいものだ。

 長々書いているうちに、ブレた内容になってしまった…
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