不自由さ

不自由さ

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コラム
ある番組で、若い男性同士が友達の紹介であっていました。

ひとりは転職活動中で、もう一人は今月で会社が倒産して解雇される状況です。



友人は同じ「次の就職をする人」ということで紹介したそうです。



お互いにこの先が不安で、どうなるかわからないので、

「同じ境遇の人」に親近感を抱いていました。



「今度2人で会おうな」

「先にどちらかが就職が決まっても、支え続けような」



そんなことを話していました。





人は不安なときほど人に近づきたくなります。

けれど、これが順風満帆だと

相手をそれ程「欲し」ないでしょう。



人とのつながりをそこまで求めないと思います。



現代社会はコンビニがあり、

なんでもスマホで検索して、業者も探せるし、誰にも聞かなくてもグーグルマップで

何処にでも行けます。

バスの乗り継ぎも旅先で聞くこともなく一人旅ができる世の中です。



一見便利ですが、

人とのつながりがどんどん希薄になっています。

いつの間にか、隣にだれが住んでいるかもわからない状況が当たり前すぎて、疑問にも思いません。



少し前なら、人の手を借りなければ、生きていけない時代もありました。

みんなの得意を持ち寄って、生活が成り立っていた時代。



不自由さが人とのつながりを密にしているのですね。



田舎ほどその繋がりの名残は今も残っているでしょう。



ひとりで生きていける。

お金さえあればなんとなかる



しかし、ひとたび災害が起これば、水も火も食べ物すら人に頼らなければならないです。



この時、不自由さが人をつなぎます。



平和期に、やんちゃで学校や社会からつまはじきにされ

「自分がどうせ嫌われている」

と思い込んでいた少年が、

災害にあって、近所に水汲み場に行ったときに

近所のあまり話さないおばさんが

「大丈夫だった?けがはない?」という心配の言葉をかけてもらったとき



自分は心配してくれる人がいるんだ



と気づいて、それからこころの壁がすーっと溶けて

生きやすくなったと語っていました。



便利さ、手軽さは一見よさそうですが

使い方を間違えると

人ととして大切な何かもうっすらと、でも確実に自分から奪われていくものもあると

思っていたほうが良いかもしれませんね。



今は生成AIが主流になりつつありますが、

それが当たり前になった時、

「自分で考える」ことを奪われてしまうような気がします。



忙しさや効率、成果主義のこの世の中では難しいとは思いますが、



「不自由さ」の中にも大切なものがあることを

頭の片隅に置いておくのも良いかと思います。
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