「姓名判断」
今はネットで簡単に我が子の画数を占えて、
様々な流派も調べられる時代。
「名付けた後で、違う姓名判断を見たら悪い結果だった….」
「三才も気にしないといけなかった…」
「名付けのときは気にしなかったけど、やっぱり気にすればよかった…」
と、我が子の名前が凶名でショックを受ける人も
多いのではないでしょうか?
「我が子の名前が凶数だった」…!
知ってしまうと、気になってしまうのが親心です。
あるいは、名付けの時は気にならなかったけど、
後から考えるとやっぱり…ということも。
どうせ当たってないはずだと、
自分や夫、両親や兄弟など身近な人も調べてみると、
なんか当たってる気がする。
そして並ぶ恐ろしい言葉たち…
(成功しても没落する。困難や障害が多い。突発的な病気や災難にあう。など)
「あの時、なぜ画数を気にしなかったんだろう」
「この子に何かあったら…」
改名しなくても、吉凶に囚われない心構え
手っ取り早く安心するのは改名することですが、
そんな簡単に改名なんてできない…
そもそも画数が悪いからという理由で改名は難しい。
そこで、
「名前が悪かった時に、どうすれば心を軽くできるか」
を真剣に考えてみました。
本当に名前で人生の吉凶が決まるのか?
姓名判断といえば、画数が重視されていますが、
よくよく調べると、画数だけ揃えても意味がないといった
情報も多く見られます。
三才が良くないといけなかったり、
音も関係していたり、
産まれた日との相性も大事だと
言われていたり…
こうやって見ると、
全て気にしていたら名前を付けられなくなって
しまいそうです。
また、様々な流派があることも事実で、
こちらでは吉名だったのに、
こっちでは凶名だったということも。
姓名判断の先生の中では、
「運勢には名前だけでなく、先天運や育った環境、
その人の努力も関係してくる」
と言われている人も何人も見かけます。
「産まれたときから幸運の名前をつけても、努力をしなかったらなんの意味もない」
-姓名判断とバランス | ゲッターズ飯田オフィシャルブログ「ゲッターズ飯田の占い」Powered by Ameba
名前の吉凶がその子の運勢に与える影響も、
心構えや努力で変えることができるのではないでしょうか。
認知バイアスの視点から考えてみた
多くの専門家は、占いの技術や知識を学び、
その方法論に基づいて真剣に鑑定を行っています。
中には、依頼者の悩みや不安に寄り添い、
より良い方向へ進むためのアドバイスをすることを
目的としている人もいるでしょう。
ですが、「当たるかどうかわからない」という
「不確実性」がぬぐえないことも確かです。
最近、認知バイアス(物事を判断する際に、経験、直感、先入観などの要因によって、非合理的で偏った認識や判断をしてしまう心理現象)という言葉がどんどん世の中に浸透してきていますが、
この認知バイアスの視点から考えてみると、
「脳がもともと姓名判断などを信じやすい構造になっている」
だけかもしれないと、冷静な気持ちになり、
少し心が軽くなるのではないでしょうか?
例えば、確証バイアスなどが当てはまりそうです。
『確証バイアス』
自分の考えや仮説が「正しいこと」を確認するために、仮説に合致するような情報のみを集めてしまいがちである。裏返せば、仮説に反する情報を集めようとしない、あるいは無視してしまう。
『情報を正しく選択するための認知バイアス辞典』著書:情報文化研究所発行所:フォレスト出版発行年:2021年
誰かに対して一度「この人は冷たい人だ」という印象を抱いてしまうと、
それに沿うような情報(文化祭の準備を手伝ってくれない、
メールを返信してくれない)だけを探してしまい、
その印象を覆すような情報
(勉強を丁寧に教えてくれる、いつでも優しく相談にのってくれる)は
無視してしまうということだそうです。
姓名判断にも当てはめると、
一旦、「この名前は良くない」という鑑定を目にしてしまうと、
それを確固とする情報ばかり無意識に探してしまい、
反して良い情報が存在していても、
無意識に無視してしまっていると言えます。
もうひとつ『システム正当化バイアス』というのもあります。
『システム正当化バイアス』
人は「特定の社会のシステムがそこに存在していること」自体に価値を見いだし、そのシステムを正当化しようとする。耐性の強さは個人差があるが、多くの人は、何が起こるかわからないよりは、多少問題がある現行のシステムであっても、利用することで曖昧な部分が少なくなることを望む。
『情報を正しく選択するための認知バイアス辞典』著書:情報文化研究所発行所:フォレスト出版発行年:2021年
人にとって「わからない」ということは大きな脅威です。
それは、名付けにおいて
曖昧なこと(子供の将来)への不安を払拭するために、
不確実性という問題が存在しながら、
システム(姓名判断)があること自体に価値を見いだしている
ということです。
さらに、恐ろしいのが、
このシステム(姓名判断)によって不利益を被っている人たち(凶名と鑑定された人)でさえ、不安を解消するために、問題(不確実性)があると分かっていてもそのシステムを利用してしまうこと。
不安をあおるような情報ほど、
そのバイアスが強化される危険性があるということです。
姓名判断を否定しているわけではありません。
ですが、
こういった認知の歪みがもともと人間にはあり、
それが必要以上に不安を増幅させているとも考えられます。
凶名がもたらす恩恵を見いだしてみる
そもそも「凶名で試練の多い人生=悪い人生」と決めつけて
良いのか、考えてみるのも効果的かもしれません。
わたしは、成人してだいぶ経ちますが、
独身時代も、結婚して姓が変わってからも、
ずっといわゆる凶名というものです。
大きな病気をしたことも災難にあったこともないですが、
それでもわたしはずっと恵まれていない方だと
思っていました。
幼少期から家庭が安心できる場所ではなかったのです。
診断などされていませんが、
いわゆる「機能不全」の家庭だと思っています。
ずっとそれが苦しかったのですが、
あるとき、家族に幼少期から与えられた試練や困難を
頭の中で整理していったのです。
そうすると、
その試練があったからこそ身につけたスキルや、
社会性、忍耐力などの恩恵があったことに気づきました。
わたしは、自分の夢があってもサポートしてくれる
人がいませんでした。
むしろ、ドリームキラーと呼ばれる人たちに囲まれ、
自己効力感も低かったため、
夢を追うということはできませんでした。
ですが、そのおかげで、
周りの賞賛や承認を得ようとせず、
自分の本当の意志や願望にも沿った生き方をしようと
決心できました。
また、人の痛みが分かる人になりました。
これが凶名のせいかどうかは分かりませんが、
もし吉名だとして、
自分の夢をサポートしてもらえて、
つねに助けられたり褒められたりしていたら、
本当の意味で自立できなかったかもしれません。
そして、競争社会の中で頑張り続け、
周りの人の意見で自分の価値を決めていた
かもしれません。
人の痛みが分からない薄っぺらい人間になっていたかも
しれません。
もし心配であれば、
子どもが大人になったときに自分の意志で
改名をすることもできます。
成功者の人の中では、
ビジネスネームや会社名を画数の良いものにして
姓名判断を上手く活用している人もいます。
その選択を将来、
子ども自身が自分の意志でできるとなれば、
それは幸せなことです。
小さい頃から、苦難も少なく順調な人生を送り
大人になるよりも、
失敗が許され大人が守ってくれる若い頃に
たくさんの失敗を経験して厚みのある人格になり、
大人になったときに自分で改名なり通名なりを
使って飛躍していく方が、よっぽど価値のある人生に
なるのではないでしょうか?
そう思うと、我が子の画数があまりよくなくても、
心が軽くなるような気がします。
最後に
一度心に刻まれた不安は、
そう簡単には消えないかもしれません。
不安を感じるのは、
「我が子のために最善を尽くしたい」という
深い親心がある証拠です。
ですが、「必要以上に囚われすぎているかもしれない」という
気持ちを持ってもらえて、少しでも心を軽くしてもらえたら
嬉しいです。