7時50分。
ランドセルを玄関で開けて、子どもが固まっている。
鉛筆、ない。ノート、ない。上履き、ない。
「昨日、ちゃんと準備したって言ったよね?」
口から出かけた言葉を、いったん飲み込む。
時計はもう8時に近い。
ため息ひとつ。鉛筆を渡して、上履きはあきらめてもらう。
そして玄関のドアを閉めながら、思う。
「なんで毎回、こうなるんだろう」
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「だらしないから」では説明がつかない時がある
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忘れ物が続くと、つい「性格だから」「気が抜けてるから」で片づけたくなる。
毎日チェックリストを作ってみる。
前の晩に一緒に確認してみる。
連絡帳を見せてもらう約束をする。
それでも、翌朝また、同じことが起きる。
これは、子どものやる気の問題ではないことが多い。
親と子の中で、「準備する」という言葉の意味が、少しだけ違っていたりする。
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「準備した」のゴールが、親子で違っていた
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たとえば、こういう場面がある。
親が「準備した?」と聞く。
子どもは「した」と答える。
でも、その子の中での「した」は、やり終えた宿題をランドセルに入れた時点で完了している。
親の中での「した」は、明日使うものを全部そろえて、ランドセルを閉じるところまでを指していた。
スタートラインも、ゴールラインも、見ているところが違っていた。
だからどれだけ「ちゃんと準備して」と言っても、子どもからすると「ちゃんとしたのに」となる。
これは、嘘をついているわけでもない。
ただ、お互いの「当たり前」が、思っていたよりも違っていた、というだけのことだったりする。
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怒る前に、引き返せる場所が見えてくる
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親子の「当たり前」が、もともと違っていた。
それが見えてくると、声のかけ方そのものが変わってくる。
「準備した?」ではなく、「明日使うもの、最後に何を入れた?」と聞いてみる。
「ちゃんとして」ではなく、「ランドセル閉じたら教えてね」と言ってみる。
魔法のように忘れ物がゼロになる、という話ではない。
ただ、怒る場面の手前で、一回引き返せる選択肢が見えるようになる。
毎朝のあのため息が、少しずつ減っていく。
「玄関で固まる」が、毎度のように繰り返されているなら、その原因は子どものだらしなさではなく、親子の「当たり前」のすれ違いなのかもしれません。
これは思考が停止したかのように「忘れ物をなくしましょう」という話ではありません。
今この親子の間で、どんな「当たり前」のすれ違いが起きているのかを、一緒に見てみるためのレポートです。
忘れ物のような日常の小さなすれ違いは、放っておくと、思春期や受験期に大きなすれ違いとして表に出てきやすい部分でもあります。
一度、この親子だけの組み合わせで起きていることを、整理しておくと、これから先がだいぶ楽になります。
→【親子相性スイッチレポート】
親子の組み合わせで起きているパターンを整理します
うまくいかない親子のすれ違い、構造で見える化します