【思い出の小説・見本】卵焼きの色の紙

【思い出の小説・見本】卵焼きの色の紙

記事
小説
▼「思い出の小説」サービスの見本です▼
この小説は、サービスの見本として書いた一編です。ご依頼の流れや料金は、こちらからご覧いただけます。
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「あなたの大切な思い出を、一編の小説にします」というサービスの見本です。
成人の日に、お母様から娘さんへ贈る小説、という想定で作りました。登場する家族と、ヒアリングの内容は、すべて架空のものです。

まずは、ご依頼者様に書いていただくヒアリングシートの回答例です。

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【ヒアリングシート(ご依頼者様:母)】
1. 小説にしたい思い出:娘が高校の3年間、毎朝お弁当を作っていました。お弁当を包む巾着袋に、毎日短いメモを入れていました。来年1月に娘が成人式を迎えるので、その3年間のことを小説にして贈りたいです。
2. 読む人:成人の日に、娘に贈ります。冊子にしたいです。
3. 登場する人:母・村井 恵子(わたし)、パートで働いています。娘・村井 葵(あおい)、高校ではソフトボール部でした。朝が弱くて、いつもぎりぎりに家を出ていました。父・村井 浩二、無口ですが、娘の試合はこっそり見に行っていました。
4. 登場する人どうしの呼び方:娘は私を「お母さん」と呼んでいましたが、高2の途中から「母さん」になりました。夫のことは「お父さん」。私は娘を「あおい」と呼んでいます。
5. 覚えている細かいこと:メモは、黄色いメモ用紙を小さく折って入れていました。お弁当箱は紺色の二段のものです。卵焼きは甘いのが好きでした。
6. 覚えている言葉:高1の最初のころ、空になったお弁当箱と一緒に、巾着袋に返事のメモが入っていたことがあります。「卵焼き、しょっぱかった」と。
7. 言えなかったこと:高2の夏、娘と口をきかない時期がありました。そのあいだもメモは毎日書き続けましたが、返事はなく、メモはいつも抜き取られていて、どこにも見当たりませんでした。捨てられていると思っていて、そのことを今も聞けずにいます。
8. 雰囲気:あたたかくて、少し笑える感じで。最後は少し泣けるくらいがいいです。
9. 書き方:おまかせします。
10. 創作の扱い:おまかせします。
11. 入れてほしいこと:甘い卵焼き。書かないでほしいこと:娘の進路の話(まだ決めかねているので)。
12. 名前の扱い:実名でお願いします。
13. 使う日:来年1月の成人の日です。

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この回答をもとに書いた小説です。約5,600字です。

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『卵焼きの色の紙』
-しょっぱかった-

 巾着袋の口をほどくと、空になった紺色の弁当箱の上に、黄色い紙が一枚のっていた。

 今朝、恵子が小さく四つに折って入れたメモだった。「高校生活、二週目。今日も遅刻しないように」。そう書いた紙の裏に、恵子のものではない鉛筆の字が一行だけ並んでいた。

 卵焼き、しょっぱかった。

 恵子は台所の流しの前で、その一行を三回読んだ。

 メモを入れはじめたのは、入学式の次の日からだった。中学までは給食だったから、毎朝弁当を作るのは、恵子にとっても初めてのことだった。詰め終えた弁当箱を前にすると、なにか一言添えたくなった。電話台の引き出しに、使いかけの黄色いメモ帳があった。理由は、それくらいのものだった。

 村井家の卵焼きは、ずっと塩味だった。浩二が甘い卵焼きを好まないので、結婚してからずっと、だしと塩で焼いてきた。葵は小さいころからそれを黙って食べていたし、遠足の弁当でも、運動会の弁当でも、何も言わなかった。

 十五年と少しのあいだ、何も言わなかった娘が、紙の裏に書いてよこした。

 恵子はその紙を、エプロンのポケットに入れた。

 翌朝、卵を溶いたボウルに、砂糖を大さじで一杯入れた。少し考えて、もう半分足した。フライパンの上で、卵はいつもより早く焦げ色をつけた。

 端の一切れで味を見た。もう片方は、浩二の皿に乗せた。浩二はひと口かんで、止まった。恵子の顔を見た。何も言わずに、醤油差しに手を伸ばした。

 その日のメモには、こう書いた。

「卵焼き、甘くしました」

 夕方、巾着袋の中の弁当箱は、また空になって戻ってきた。卵焼きの入っていた仕切りには、卵のかけら一つ残っていなかった。

 返事は、入っていなかった。

 その晩、恵子は夕食の席で、なんでもないふうに聞いた。

「お弁当の卵焼き、どうだった」
「ふつう」

 葵は、テレビのほうを見たまま答えた。浩二は、黙って味噌汁をすすっていた。

 次の朝は、砂糖を大さじ一杯に戻した。その次の朝は、一杯と少しにした。葵は毎晩「ふつう」と答え、弁当箱は毎日、空になって戻ってきた。四日目に、恵子は一杯半に決めた。

 浩二の朝食の皿には、その週から、卵焼きの端の一切れと一緒に、醤油の小皿が並ぶようになった。

 紙の裏の返事は、それきり一度も来なかった。


-黄色い紙-

 葵は朝が弱かった。

 一度目に声をかけると、布団の中から「起きてる」と返事がある。二度目に声をかけると、返事がない。三度目は、恵子が階段の途中まで上がったところで、ようやく部屋の戸が開く。そこから先は早かった。顔を洗い、制服を着て、髪を結び、階段を一段飛ばしで降りてきて、玄関に置いた巾着袋をつかむ。

「お母さん、行ってきます」

 恵子が「行ってらっしゃい」と言い終わる前に、玄関の戸は閉まっている。三年間、ほとんど毎朝そうだった。

 メモは、電話台の引き出しの黄色いメモ帳から、一枚ずつ破いて書いた。使いかけの一冊がなくなると、同じものを買い足した。弁当を詰め終えて、ふたをする前に書く。書くことは、だいたい決まっていた。

「今日は唐揚げ。お父さんの分から一個とった」
「ソフトボール部、入部おめでとう。日焼け止めをちゃんと塗ること」
「ハンバーグ。昨日の残りではありません。今日、こねました」
「おにぎりの具は、食べてからのお楽しみ」
「寒いので、今日は味噌汁も入れた。こぼさないように」
「試合がんばれ。卵焼き、一切れ多め」

 空の弁当箱と一緒に、メモはたいてい、巾着袋の底でくしゃくしゃになって戻ってきた。ご飯つぶがついていることもあった。はじめのうちは、一枚ずつ広げて、中を確かめた。返事は、一度も書かれていなかった。そのうち恵子は、広げもせずに、台所のごみ箱に捨てるようになった。読まれたのかどうかは分からなかったが、弁当箱が空で戻ってくれば、それで十分だった。

 一度だけ、メモを間違えたことがある。

 パートに出る前で、慌てていた朝だった。いつもはチラシの裏に書く買い物のメモを、その朝は弁当のメモに続けて、同じ黄色いメモ帳に書いた。どちらも小さく四つに折った。買い物のメモは財布に、弁当のメモは巾着袋に入れるつもりだった。ふたをする前に、その二枚を取り違えた。スーパーのレジに並んでから財布を開けると、「今日は鮭。骨に気をつけて」と書いた紙が出てきた。その日の葵の弁当には、牛乳、卵、ごみ袋、と書いた紙が入っていたことになる。

 夕方、巾着袋の底から出てきたくしゃくしゃの紙を、恵子は久しぶりに広げてみた。牛乳、卵、ごみ袋。どこにも、何の印も付いていなかった。鮭の骨のことは、誰も気をつけないまま一日が終わったらしかった。

 ソフトボール部の試合がある日曜日には、浩二が昼前に「ちょっと出てくる」と言って家を出た。どこへ行くのかは言わなかった。夕方に帰ってくると、首の後ろが赤く焼けていて、靴の先が白い砂で汚れていた。

 恵子は何も聞かなかった。葵も、何も知らないようだった。

 そうして一年が過ぎ、メモ帳を何冊か使い切ったころ、葵は二年生になった。


-抜き取られた紙-

 夏休みに入ってすぐ、恵子と葵は口をきかなくなった。

 きっかけは、どこの家にもあるような、小さな言い合いだった。それが、思っていたより長く続いた。

 夏休みでも、ソフトボール部の練習は毎日あった。弁当も毎日いった。葵は相変わらず家を出る三分前に階段を降りてきて、巾着袋をつかみ、何も言わずに出ていった。「行ってきます」がないので、恵子の「行ってらっしゃい」も行き場がなかった。

 夕食の席では、浩二がひとりで話すようになった。恵子に「醤油」と言い、葵に「部活はどうだ」と聞いた。二人とも、浩二にだけ返事をした。葵は食べ終わるとすぐに二階へ上がり、恵子は食器を洗い、浩二はテレビの音を少しだけ大きくした。

 メモは、書き続けた。

 口をきかなくなった次の朝、恵子は弁当を詰め終えてから、「昨日は」と書きかけた。その先が続かなかった。その一枚を破って丸め、ごみ箱に捨てた。新しい一枚には、弁当の中身だけを書いた。

「豚のしょうが焼き」

 その日の夕方、弁当箱は空で戻ってきた。けれど、巾着袋の底に、黄色い紙はなかった。

 次の日も、その次の日も、なかった。恵子は巾着袋を裏返して振ってみた。何も落ちてこなかった。顔を上げると、台所の入り口に浩二が立っていた。浩二は何も言わずに冷蔵庫を開けて、麦茶をコップに注いで、居間へ戻っていった。

 洗濯かごに入っていた練習着のポケットを、洗う前に確かめた。台所のごみ箱にも、葵の部屋のくずかごにも、黄色い紙は一枚もなかった。

 捨てられているのだろう、と思った。恵子の目の届かない、どこか別の場所で。

 夜、家の中が静かになってから、恵子は台所のテーブルでメモ帳をめくってみたことがある。破りとった跡の、細いぎざぎざだけが並んでいた。口をきかなくなってから、何枚書いたのか。指でなぞって数えかけて、途中でやめた。

 それでも、ふたをする前にメモを書いた。書くのは、中身のことだけだった。

「凍らせた麦茶を入れた。とけてから飲むこと」

 凍らせた麦茶のボトルは、弁当箱が汗をかかないように、タオルで巻いてから巾着袋に入れた。巾着袋は、そのぶんだけ毎朝ふくらんでいた。

 ほかに何も思いつかない朝は、「卵焼き、甘い」とだけ書いた。書かずにふたをしようとすると、手が止まった。メモ帳は、目に見えて薄くなっていった。


-三塁側のスタンド-

 スタンドのいちばん上の段に、浩二はいつものように座った。八月の大会の日だった。

 保護者たちは一塁側に固まって、手作りのうちわを振っていた。浩二はその反対側の、誰もいない三塁側の端から、帽子を深くかぶってグラウンドを見下ろした。

 一試合目、葵は二度打席に立った。一度目は三振だった。浩二は、膝の上で握っていた手を、ゆっくり開いた。二度目の打球は、三遊間を抜けていった。一塁側から歓声が上がった。浩二は帽子のつばを、指で少しだけ下げた。

 一試合目が終わって、昼の休憩になった。選手たちはベンチに戻り、それぞれの弁当を広げはじめた。浩二は、来る途中で買った缶のお茶を一本だけ足もとに置いていた。昼を食べるつもりは、はじめからなかった。

 葵は、ベンチのいちばん端に座っていた。膝の上に、紺色の二段の弁当箱がのっている。浩二の座っている場所からでも、あの巾着袋の色は見分けがついた。

 葵は弁当のふたを開ける前に、巾着袋の中に指を入れた。小さな、黄色いものを取り出した。指先で広げて、膝の上で、しばらく見ていた。

 何が書いてあるのかは、浩二の席からは見えなかった。

 葵はそれをもう一度小さく折りたたんだ。そこへ、チームメイトが一人、葵の前を横切った。その背中が通り過ぎたとき、葵の手の中には、もう何もなかった。黄色い紙がどこへ行ったのかは、スタンドの最上段からは分からなかった。

 葵は弁当のふたを開けて、最初に卵焼きを口に入れた。

 二試合目、葵は守備についていた。浩二の真下のあたりに、高いフライが上がった。葵は帽子を押さえて走り、グラブの先で、ボールを受けとめた。浩二は、思わず腰を浮かせかけて、座り直した。

 試合が終わる前に、浩二は席を立った。葵より先に家に着いていなければならなかった。

 玄関で靴の砂を払っていると、台所から恵子の「おかえり」という声がした。

「ああ」

 浩二はそれだけ返して、洗面所で首の後ろを冷やした。


-母さん-

 その朝も、葵は三度目の声で部屋から出てきた。二学期が始まって、最初の週のことだった。階段を一段飛ばしで降りてきて、巾着袋をつかんで、片方の足を靴に入れたところで、止まった。

「母さん」

 恵子は、台所の入り口で手を拭いていた。

「明日から、卵焼き、一切れ多くして。後輩に一切れとられるから」

 それだけ言って、葵はもう片方の足を靴に押しこんで、戸を開けた。

「行ってきます」

 戸が閉まった。恵子の「行ってらっしゃい」は、また間に合わなかった。

 お母さん、ではなかった。母さん、だった。

 恵子は、手を拭いていたふきんを、しばらくそのまま握っていた。それから、閉まった戸に向かって、小さな声で「行ってらっしゃい」と言った。

 その日の夕方、巾着袋の底には、くしゃくしゃになった黄色い紙が戻ってきた。ご飯つぶが一つ、ついていた。恵子はそれを広げずに、ごみ箱に捨てた。夏のあいだのメモがどこへ行ったのかは、聞かなかった。聞こうとして口を開くと、なぜか、明日の卵焼きの話になった。

 卵焼きは、その日から一切れ多くなった。

 その晩の夕食で、葵は「母さん、醤油とって」と言った。浩二が茶碗から顔を上げて、恵子のほうを見た。恵子は醤油差しを葵の前に置いて、何も言わなかった。浩二も、何も言わずに茶碗に戻った。

 三年生になっても、葵は朝が弱いままだった。三度目の声で部屋から出てきて、一段飛ばしで階段を降りて、「母さん、行ってきます」と言った。恵子の「行ってらっしゃい」は、やっぱり閉まる戸に挟まれた。

 三年生の夏、最後の大会の日にも、浩二は「ちょっと出てくる」と言って出かけた。夕方に帰ってきた浩二の首の後ろは、いつもより赤かった。そのあとに帰ってきた葵の目も、少し赤かった。恵子は、どちらにも何も聞かなかった。次の朝、恵子は卵焼きの砂糖を、いつもより少しだけ多くした。

 そして三月、最後の弁当の日が来た。

 恵子は弁当を詰め終えて、メモ帳を一枚破り、ボールペンを持ったまま、しばらく動かなかった。三年間、ほとんど毎日書いてきたのに、最後の一枚に何を書けばいいのかが分からなかった。階段の上で、戸の開く音がした。恵子は急いで書いた。「三年間、おつかれさま」。

 葵は一段飛ばしで降りてきて、巾着袋をつかんだ。靴を履いて、戸に手をかけたところで、こちらを振り返った。

「母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」

 言い終わってから、戸が閉まった。

 三年間で、間に合ったのは、その朝の一度きりだった。

 夕方、巾着袋は、いつもと同じように空の弁当箱と、くしゃくしゃの黄色い紙を連れて帰ってきた。恵子はそれを、いつものように広げずに捨てた。台所のごみ箱の中で、紙は少しだけ開きかけて、それきり動かなかった。


-半分残ったメモ帳-

 電話台の引き出しを開けると、奥のほうに、黄色いメモ帳が半分残っていた。

 メモ帳をどけると、その下に、四つに折った黄色い紙が一枚あった。広げなくても、何が書いてあるかは分かっていた。それでも広げた。

 卵焼き、しょっぱかった。

 鉛筆の字は、少し薄くなっていた。恵子はそれを、もう一度たたんで、引き出しの奥に戻した。

 弁当を作らなくなってから、一年と半年あまりが過ぎた。紺色の弁当箱は、食器棚のいちばん奥にしまってあった。巾着袋は、その上にたたんで重ねてあった。ふたの角には、小さな傷が一つあった。二年生の秋に、葵が玄関で落としたときのものだった。

 卵焼きだけは、今も毎朝焼いていた。砂糖は、大さじ一杯半のままだった。

 その朝も、浩二は朝食の皿から、端の一切れを箸でつまんだ。醤油の小皿は、いつものように皿の横に並んでいた。浩二はそれに手を伸ばさずに、卵焼きを口に入れた。

 恵子が見ていることに気づいて、浩二は顔を上げた。

「なんだ」
「なんでもない」

 浩二が出かけたあと、恵子は使われなかった醤油の小皿を、流しで洗った。

 それから、メモ帳を一枚破って、ボールペンの先を当てた。少し考えて、書いた。

 あの夏のメモ、どうしたの。

 三年と少しのあいだ、何度も口まで出かかって、そのたびに卵焼きの話にすり替わってきた言葉だった。紙に書いてみると、思っていたより短かった。

 書いた字を、しばらく見ていた。それから、その一枚を小さく四つに折って、引き出しの奥の、古い一枚の上に重ねた。

 来年の一月、葵は成人の日を迎える。そのとき渡すものは、もう決めてあった。黄色い紙一枚には、とても収まりそうになかった。

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ヒアリングでいただいた一言が、どの場面になったのか、見比べてみてください。
娘さんからのたった一度の返事「卵焼き、しょっぱかった」が、物語の最初と最後をつないでいます。
夏のあいだのメモの行方や、お父様の視点の章など、ヒアリングにない部分は、物語をつなぐために創作しました。

あなたの大切な思い出も、一編の物語にしてみませんか。
この小説を、文庫サイズ・縦書きの冊子にした見本もあります。冊子のデータ作成は、オプションで承ります。

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