家庭内別居は夫婦だけじゃない。壊れないために選んだ別居生活。

家庭内別居は夫婦だけじゃない。壊れないために選んだ別居生活。

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コラム

家庭内別居。

この言葉を聞くと、夫婦のことを思い浮かべる人が多いだろう。

けれど、家庭内別居は夫婦だけのものではない。

親子であっても、同じ屋根の下で暮らしながら、心を閉ざし、距離を置くことがある。

私も、その一人だ。

大切にしていた器


以前、私はキッチンをリフォームした。

料理を作ることも、器を選ぶことも好きだった。

お気に入りの食器を並べ、季節の料理を盛り付ける。

そんな日常の小さな楽しみを、大切にしていた。

食器は、気に入ったものを一つひとつ選んで揃えた。

中でも大切にしていたのは、現代作家がデザインしたモダンな小鉢。

決して安いものではなかった。

それでも、その美しい形や色合いに惹かれ、手に入れた器だった。

いつか結婚したら、二人で使いたい。

そんな未来を思い描きながら選んだものもあった。

ところが、大切にしていた器が、いつの間にか欠けていた。

唐子絵の湯飲みも、益子焼の小鉢も。

謝罪の言葉はなかった。

価値を知らない人には、ただの器にしか見えないのだろう。

私と母の感性は、あまりにも違っていた。

私にとって食器は、料理を盛るだけの道具ではない。

料理を美しく見せ、目でも楽しみ、美味しく味わうためのもの。

器の色、形、手触り。

どんな料理を盛り付けるかによって、食卓の表情も変わる。

それも食事の楽しみの一つだった。

けれど、母にとって器は、料理を盛り付けるためのものに過ぎない。

欠けても、まだ使える。

それで十分なのだ。

私は違う。

作家が生み出した器は、一つの作品だ。

欠けてしまえば、作品としての価値も下がる。

何より、欠けた器で食べる料理は、美味しさまで変わってしまう。

同じ器を見ていても、見えているものが違う。

その違いは、単なる好みの問題ではなかった。

私が大切にしているものが、大切に扱われない。

そのことが悲しかった。

もう二度と手に入らない器もある。

私は残っていた大切な食器を新聞紙で包み、段ボールに入れて二階へ運んだ。

壊されないように。

これ以上、悲しい思いをしないように。

自分の家の中で、大切なものを避難させる。

何とも寂しい話だ。


関わらないという選択


もちろん、食器だけの話ではない。

長い年月の中で、小さな出来事が積み重なってきた。

何かを伝えようとしても、気持ちは届かない。

分かってもらおうとするほど、傷つく。

話し合えば解決する。

そう信じていた時期もあった。

けれど、相手に理解する気持ちがなければ、言葉を重ねても何も変わらない。

むしろ、自分だけが疲れ果てていく。

だから、私は関わることをやめた。

必要なこと以外は話さない。

無理に同じ場所にいない。

自分の時間と、自分の居場所を守る。

同じ家に暮らしていても、生活を分ける。

それが、私の選んだ家庭内別居だった。


壊れないために離れる


家族なのだから仲良くするべき。

親子なのだから分かり合えるはず。

そんな言葉を耳にすることがある。

けれど、家族だからこそ深く傷つくこともある。

他人なら離れられる。

付き合いをやめることもできる。

でも、家族は簡単には切り離せない。

だからといって、何もかも我慢する必要があるのだろうか。

私は、そうは思わない。

距離を置くことは、仕返しではない。

相手を傷つけたいわけでもない。

ただ、これ以上、自分の心を壊したくない。

それだけだ。

一緒に暮らしているからといって、心まで近くにいる必要はない。

家族だからといって、自分を犠牲にする必要もない。

離れたくても、すぐには家を出られない事情もある。

そんなとき、同じ屋根の下で距離を置くという選択があってもいい。

家庭内別居は、夫婦だけのものではない。

誰かを嫌うためではなく、自分が壊れないために離れる。

それは、私が自分を守るために選んだ生き方だ。

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