「将来あんたが使うんだから」その将来は、いつ来るの?

「将来あんたが使うんだから」その将来は、いつ来るの?

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「台所を制する者は、家を制する」

そんな言葉を聞いたことがある。

台所は、ただ料理を作る場所じゃない。

家族の食事を用意し、食器や食材を管理する、暮らしの中心になる場所。

そこを誰が取り仕切るかで、家の中の力関係まで見えてくる。

今になって、その言葉の意味がよく分かる。

家のキッチンをリフォームすることになった時、母は私にこう言った。

「将来あんたが使うんだから、あんたが使いやすいように」

その言葉が、少しうれしかった。

キッチンの色や仕様も、母と一緒に相談しながら決めた。

これからは私も、自分の使いやすいキッチンで料理ができる。

そんなふうに思っていた。

でも、違った。

新しくなったキッチンの収納は、結局母の使いやすいように決められていた。

昔からある食器や物が並び、私の物は邪魔なもののように片づけられてしまう。

使いたい時に出して、使い終わったら元の場所へ戻す。

少しでもきれいにしていなければ、嫌味を言われる。

一緒に選んだはずのキッチンなのに、そこには私の自由な場所がなかった。

「将来あんたが使うんだから」

あの言葉は、何だったんだろう。


将来って、いつのこと?

母はもう80歳を越えた。

それでも、まだまだ自分の城を譲る気はない。

何をどこに置くのか。

どう使うのか。

すべて母のやり方が優先される。

私はいつまでたっても、その城を借りているだけ。

自分の家なのに、自由に使えない。

いつまでも、私の時代にならない。

もちろん、母が元気でいてくれることは悪いことじゃない。

長生きしてくれることと、私の自由がないことは、本来別の話なのだから。

私は、母から何もかも奪いたいわけじゃない。

自分の好きな食器を使って、自分の物を使いやすい場所に置いて、気兼ねなく料理をする。

そんな、ごく普通の暮らしがしたいだけ。

でも、ふと思う。

私だって、自由に暮らせる時間は、あと20年くらいかもしれない。

その20年さえ、自分の思うように暮らせないまま終わってしまう可能性がある。

若い頃なら、いつか自由になれる日が来ると信じて待てたかもしれない。

でも、もうそんなに長く待っていられる年齢じゃない。

母は、母の人生を自由に生きてる。

そして、私にだって… 私の人生は??

母の人生が終わるのを待っているわけじゃない。

ただ、私の残りの人生まで、母のやり方に合わせ続けなければならないのだろうか。

家をリフォームして、キッチンは新しくなった。

きれいな扉も、使いやすくなった設備も、確かにそこにある。

でも、家族の関係は何も変わらない。

新しくなったキッチンは、今も母の城のまま。

そして私は今日も、自分の物を使い終わると、元の場所へ片づける。

使える時間は夜だけ

あの時、母が言った言葉を思い出しながら。

「将来あんたが使うんだから」

その将来は、いったいいつ来るんだろう。

**私の人生なのに、いつまで母に支配されているんだろう。**
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