これは全て地方の中小企業EC運営者のリアルです。
世間のネットの海を眺めれば、「今夜20時より、2時間限定タイムセールス!」「ポイント最大10倍!」といった、華やかなバナーや煽り文句が嫌でも目に入ってくる。
世間一般がイメージする「ECサイトの姿」とは、まさにきらびやかなお祭り騒ぎの連続だ。
しかし、一歩裏側の現場――それもBtoB(企業間取引)を主軸とするEC事業部の島に身を置いてみると、その景色は全く違っている。
そこにあるのは、キラキラしたマーケティングの魔法などではなく、毎日の数字の追いかけっこにすり減る、生々しい「泥臭い現実」の積み重ねだ。
今回は、かつてEC事業部の渦中で泥水をすすりながら、「本当はこういうことがやりたかったんだよな」と頭をひねり、机の上で、あるいは居酒屋の片隅で仲間と語り明かした数々の施策や妄想を、綺麗ごとは一切抜きですべて赤裸々に書き残そうと思う。
同業のBtoBマーケターや、日々システムと社内政治の間で胃を痛めている戦友たちに、「うわ、これうちの会社でも全く同じこと起きたわ……」と苦笑いしながら読んでもらえたら幸いだ。
第1章:「タイムセールとポイント変倍」という名のドーピング
「最近、サイトの回遊率が落ちているから、ここは一つ『タイムセール』でもぶち上げてアクセスの爆発を作ろう」
会議室で誰かが(あるいは外部からやってきた、実態のよく分からないコンサルタントが)そう言い出す。
そこから始まるのは、数少ない事業部メンバーでの果てしない首ひねりだ。
「いや、これだと利益が吹き飛ぶから少し価格を戻そう」
「でもインパクトがないと誰も来ないぞ」
数円単位の微調整で無駄に時間を消耗する。
そして、いざ時間ぴったりにセールが始まっても、アクセスが爆発するわけでも、ドラマが起きるわけでもない。
いつもと変わらない静かな売買ログが流れるだけ、あるいは数人の常連ハンターが最安値の商品だけを根こそぎ持って行って終了する。
終わったあとに残るのは、「なんかお祭り感を出したけど、結局トータルの利益は削れただけで、ただただ疲れたね……」という乾いた空気。
ポイントのジャンル別変倍、利用制限つきのクーポン、時期をずらしたエリア別の割引、そして夜な夜な仕込むタイムセール。
これらはすべて、ネットで検索すれば秒で見つかる、先人たちがやり尽くし、効果が高くないと分かりながら定番化した「手垢のつきすぎた寄せ集め」でしかなかった。
手を変え品を変え、ありふれたドーピング剤を打ち続けなければ明日が見えない。そんな終わらない泥臭い日常こそが、ECの現場を長く生き抜いた人間だけが知る、リアルな叙事詩なのである。
第2章:マウスを握っている「本当のターゲット」は誰か?
そもそも、BtoBが主体である現場において、「夜20時からのタイムセール」なんていう施策が機能するはずがない。
世間のイメージでは、高価な法人向けの備品やシステムを動かしているのは、ビシッとスーツを着こなしたエグゼクティブ層や、決断力に満ちた経営者だと思われがちだ。
しかし、現実はまったく異なる。
夜中にそんなセールをやったところで、倉庫や事務所はとっくに閉まっていて誰もいない。相手はあくまで「企業のビジネス」なのだから、動くのはせいぜい平日の日中、それこそ定時内の限られた時間だけだ。
役員たちは「今度こういうシステムを導入するから、よろしく頼むよ」と大枠を投げたら、実際の細かい型番の選定や、毎月の消耗品の買い足し、数千円・数万円の微々たる金額の稟議を通す苦労なんて一切知らない。
実際に毎日パソコンの前でポチポチと注文画面を開き、相見積もりを取り、発注ボタンを押しているのは、いつだって会社の日々ルーティンに追われている「総務や経理、あるいは現場の一般社員」たちである。
だからこそ、彼ら彼女らの視点に立ってみると、世のマーケターがドヤ顔で仕掛けてくる施策がいかに的外れかがよく分かる。
夜中のタイムセール:「私、もう退社して家ですけど……」
ポイントの乱れ打ち:「会社の経費だし、個人的なお小遣いになるわけじゃないし……」
複雑な条件のクーポンや時差割引:「ええと、うちの会社は対象なの? 無駄に規約を確認させられて面倒くさいだけなんだが……」
彼ら彼女らが求めているのは、派手な演出でもソシャゲのようなガチャ要素でもない。ただただ「いつも通りのものが、いつも通りの手順で、迷わずスピーディーに買えること」。
それだけなのだ。
さらに深く観察していくと、日々の資材発注を行っている「あの人」には、ある共通項が見えてくる。
それは、意外にも女性の担当者が多いということだ。
不特定多数に向けたバラマキ型のメルマガや、誰に届くのか分からない全社向けクーポンを撒く必要など本当はない。
実際には、社内で「御用聞き」や「発注の窓口」として毎日泥臭くマウスを握っているその個人の顔が、現場の人間にはハッキリと見えている。
会社(法人)という巨大で無機質な看板の裏側にいる、「毎日発注作業を頑張っている生身の『あの人』」をちゃんと見つめること。
小手先のITマーケティングやカタカナの施策がいくら流行っても、BtoBのリアルな血を通わせているのは、突き詰めればそういう泥臭くて温かい「個人と個人のつながり」なのである。
だからこそ、もし本気でインセンティブを設計するなら、会社宛ての無機質な値引きではなく、日々の発注を頑張ってくれている担当者個人のプライベートをちょっと潤すような工夫(例えば、個人的に使えるAmazonギフト券やコスメ・美容系の割引など)をこっそり仕込むほうが、よっぽど心の琴線に触れるのではないか――そんな妄想も、現場にいたからこそ湧いてくる本音だった。
第3章:ホールディングスを攻略する「大人の解像度」
既存のテンプレートのような施策に限界を感じながらも、現場の人間はふと考える。「もっと別の、本当に心に刺さるアプローチがあるはずだ」と。
たとえば、視点を少し変えて「ホールディングス規模の法人会員」に目を向けてみる。
一言でホールディングスと言えば、傘下に何十、何百という子会社や関連会社がぶら下がる巨大な経済圏だ。
そこに対するアプローチは、バラマキのクーポンとはワケが違う。
ここで絶対に外してはいけない大原則がある。
それは、組織の名称がどれほど大きくなろうとも、現場の「カネの動き」と「事務処理の現実」は絶対に無視できないという点だ。
世間の甘いシステム設計では、「ホールディングスだから、子会社分の請求をぜんぶまとめて親会社が一括で引き受ければラクだろう」と安易に考えがちだが、実務の上ではそんなやり方は経理の現場が発狂する地獄絵図を生み出すだけである。
傘下の子会社ごとに事業年度も違えば、予算の枠組みも別、経理の締め日もバラバラなのだから、請求関係や決済はあくまでそれぞれの会社ごとに独立してきっちり分かれていなければならない。
そのうえで、戦略の妙を効かせるならこうだ。
請求や決済の分離:現場の総務・経理が混乱しないよう、請求書や支払いはこれまで通り各子会社ごとに独立してクリアに処理させる。
余計な事務負担や突合せのトラブルを一切持ち込ませない。
ポイントや還元のホールディングス一括集約:しかし、グループ全体の購買力や年間購入総額のスケールメリットとして、ポイントや特別な還元施策だけは親会社・グループ全体でダイナミックに合算・付与する。
親会社の財務や決裁権を持つ人たちには「グループ全体の購買力に応じた魅力的なインセンティブやポイント還元」という大きなニンジンをぶら下げて、いざ実際にマウスを叩いて日々発注作業に追われている各子会社の総務・経理の現場には、余計な事務負担をかけず、いつも通りのスムーズな独立した処理体制を担保してあげる。
「上の人たちが喜ぶメリット」と「現場の実務担当者が嫌がらないストレスフリーな仕様」の共存。これこそが、硬直した法人取引を動かす現実的な鍵となる。
第4章:ECに「おらが街のデスティネーションキャンペーン」を持ち込む
無機質な数字やポイントのゲームに囚われすぎると、BtoBのサイトはどんどん乾燥していく。だからこそ、もう少し情緒的で血の通ったアプローチもしたかった。
例えば、鉄道会社の「デスティネーションキャンペーン」のように、特定の地域をジャックするお祭り感をECサイトに持ち込むのはどうだろうか。
例えば「今月は〇〇県本社企業応援月間!」と銘打ち、本社が〇〇県、支店や営業所が〇〇県の企業からの注文に関して、「ポイント〇〇倍!」など。
「ポイント何倍」という味気ない数字の操作とは違い、リアルな地理感やローカルの風を吹かせることで、総務の担当者も「お、今月はうちの関係ないけど、来月あたり自分のところの地域こないかな」と、ちょっとした楽しみができる。
東京の一極集中で何でもかんでも首都圏の大手企業に吸い込まれていくのを横目にしながら抱く、「地方を応援したい」という切実な願い。
東北や地方の現場に身を置き、その空気感を知っているからこそ、「東京の本社ばかりを向いた商売じゃなくて、この地方の企業や街を本気で元気にできるような仕掛けがしたい」という想いが湧いてくる。
地方の企業や工場が汗を流して生み出しているものや、日々静かなオフィスで地道に働いている人たちを、自分たちのECサイトを通じて「おっ、今月はうちの地元をめちゃくちゃプッシュしてくれてるじゃん!」と笑顔にさせられたら、それこそがビジネスとしても一番カッコいい姿ではないか。
第5章:最大の難所――「社内営業マンとの泥沼の陣取り合戦」
さて、ここまで理想的なアイデアを並べてきたが、BtoB-ECの現場で最も恐ろしいのは、社外の競合でもシステムのバグでもない。
「同じ会社の中にいる、リアルな営業マンたちとの顧客の取り合い」である。
これこそが、EC事業部にいた人間なら誰もが冷や汗をかく、一番やっかいで絶対に避けて通れない「社内闘争のリアル」だ。
カタログやネットだけで完結させたいEC事業部側としては、「この企業はうちのサイトでどんどんデジタル発注してくれて効率的だな」と思って見守っている。
ところが、その企業の担当エリアを握っているリアルな営業マンからすれば、「おいおい、勝手に俺の顧客のところにしれっと入り込んで、オイシイところをネットで持っていくつもりか!? 俺の顔が立たないだろ!」って、血相を変えて乗り込んできた挙句、会議室で大喧嘩になる。
会社全体で見れば「同じ売上」なのに、評価制度やインセンティブの都合上、「営業部」と「EC事業部」の間で、まるで敵同士のように泥臭いパイの奪い合いが起きてしまう。
「ECを伸ばしたい事業部」と「自分の担当顧客を守りたい営業マン」。
この社内ニッチな対立構造をどうクリアするかは、BtoB-ECをやっている会社なら絶対に通る道であり、かつ一番頭を抱えるポイントだ。
外部の敵と戦う前に、まず「社内のリアル営業マンという最強の利害関係者」をどう手懐けるか。
ここをクリアできない限り、どんなに綺麗なデジタル戦略も社内政治の波にのまれて沈んでいく。
おわりに
「というようなこと、EC事業部にいるころにやりたかったな。」
ふっとこぼれたその言葉には、当時の事業部で泥水をすすりながら、数え切れないほど頭をひねり、手を動かしていた日々の思い出のすべてが詰まっている。
会社組織の壁に阻まれ、上からは数字を求められ、システムの限界や予算にぶつかりながらも、心の中では「本当はこういう、人間臭くてちょっとワクワクする仕掛けがやりたかったんだよな」と夢見ていた。
結果的にできなくて悔しかったことも、会議室で企画が冷たくあしらわれたことも、社内の営業マンと小競り合いをしたことも含めて、その悔しさや「やりたかった」という思いの裏にある手触りこそが、現場を本気で生きていた証拠だ。