これは全て地方の中小企業EC運営者のリアルです。
「ECサイトの運営」という求人票の文字を見て、おれはこの会社に入った。
華やかとは言わないまでも、モニターに向かって黙々と受発注を管理し、売上データを分析し、効率よく仕組みを回していく――そんな「デジタルでスマートな仕事」を想像していた。
だが、現実はどうだ。
今のおれの本業は、ECサイトの運営という名の「社内便利屋(お助けマン)」である。
パソコンの画面と格闘し、山のようなマスターデータと睨めっこしているおれの背中に向けられる、あの恐怖の足音。「ねえ、ちょっといい?」という、オフィスの空気を凍らせるお呼び出しだ。
ちょっととは、何分なのか、だれか定義してくれ。
ITのスキルがある=社内のあらゆる機械トラブルを直せる。
なぜそういう発想になるのだろうか。
想像がぶっ飛んでる!
でも頼られるのも悪くないと思うから、ダメなんだよなおれ。
一番多いのは、やはり「プリンターのインク交換と紙詰まり」だ。
「ねえ、なんか赤が出ないんだけど」「印刷すると変な線が入るのよ」。
いや、それおれの仕事じゃないし。
こういうことを言い始めるのは、おばちゃん連中が多い。
本体の蓋を開けて、説明書通りにインクをガチャンと嵌めるだけの作業が、なぜおれを通さなければできないのか。
プログラミングのコードを書いているわけでも、複雑なデータベースをいじっているわけでもない。
ただの力任せのインク交換だ。
それを、まるで「神の手」を借りるかのように私に頼んでくる。
極めつけは「Wi-Fiが繋がらないおじさんの救世主」タイムである。
「ネットが重いんだけど、お前パソコン得意だろ、なんとかしてくれ」。
そう言われてルーターの電源を一度プチッと切り、10秒待ってから入れ直す。ただそれだけの作業を目の前でやって見せると、「おおっ!サクサク動くようになった! さすがだな、お前は頭がいいなあ!」と謎の絶賛を浴びる。
――違う。おれは頭がいいのではなく、電源のオンオフという人類共通の基本動作を知っているだけだ。
そして、その数分間のせいで、おれがいま必死こいて終わらせなければいけない受注データの締め切りが、確実に数分遅れているのだ。
オフィスの裏側に這いつくばって、LANケーブルや電源タップの「タコ足配線」を整理させられたこともある。
机の裏のホコリまみれの空間に潜り込み、どの線がどこに繋がっているのか分からない魔窟と格闘する。
「ここ、綺麗にしておいてね」と笑顔で去っていく事務員の姿を見たとき、おれは自分が何のために採用されたのか、本気で分からなくなった。
「パソコンを使う仕事=全部お前の仕事」という全社的な大いなる勘違い。
おれは、ネットショップの売上を伸ばすためにここにいるはずだ。
競合の動向を追い、コンバージョン率を上げる施策を考え、ユーザーにスムーズに商品を届けるためにパソコンを叩いている。
それなのに、いつの間にか「オフィスのIT系何でも相談窓口」の看板を背負わされている。
注文データと戦いたいのに、なぜか目の前にはプリンターの紙詰まり。
今日も明日も、おれは謎の機械トラブルと戦いながら、定時までのこり数時間のカウントダウンを眺めている。
頼むから、本業をさせてくれ。
せめて、ルーターの電源コードくらい、自分で引っこ抜いてくれよ。
お前の髪の毛引っこ抜くぞと、心の中で叫びながら、どうしても上手くいかないマスタデータを睨みつけるのであった。