第3章:猿回しの猿、見せ物小屋の芸人状態
会社に入ってからもこれで有名になり過ぎて会社役員達に銀座や北新地に連れ回されて 猿回しの猿、見せ物小屋の芸人状態でした。
「〇〇君、今日 空いてる?」
「はい、空いてますけど」
猿回しはこのこの会話で始まります。
銀座のクラブに入ると
「ママ、こいつ凄いんだよ、スプーンある?」
これでお決まりのショーが始まります。
僕はこんなことが出来ても何の役にも立たないのはわかっていたので淡々とショーをこなしました。
その頃には僕には人を癒す不思議な力もあることがわかっていたので、銀座や北新地のママさん達の肩凝りや腰痛をよく治してあげていました。
例の「ハンドパワー」です。
こんな感じで僕の給料ではとても行けない高級クラブに出入りするようになり、ママさんやホステスさんとも仲良くなり、それなりに楽しんでいました。猿を演じるのが辛くて辛くて苦痛だということはありませんでした。
しかし僕のこの不思議な力を誰も知らない世界に憧れていたことも事実です。
丁度 その頃 初めて出張したベトナム・ホーチミンの活気に一目惚れし、ベトナムでの事業欲に目覚めました。そこで会社にベトナム事務所開設を申し入れ初代ベトナム事務所長に立候補しました。
しかし、ベトナム進出は時期尚早と判断されその希望は叶いませんでした。
まさにその時1995年1月17日、
阪神大震災に遭遇します。
震災直後のニュースで、何度も目にした崩れ落ちた高速道路の映像。まさにあの高速道路の下を出社してこない部下を訪ねるためにポカリスエットやカロリーメ イトを詰め込んだリュックを背負ってくぐり抜けました。
眼前に広がる まだ煙のたちこめる生々しい現場。
「こんなに多くの人たちがゼ ロではなくマイナスからのスタートを余儀なくされている」僕はマ イナスからのスタートではないだけでも恵まれている。
そんな気持ちが沸々と沸き起こってきました。
そして会社を辞めて新天地に飛び込めば僕の不思議な力を誰も知らない世界に飛び込める。
そこで18年間務めた専門商社に辞表を 提出しました。震災の翌月 2月でした。会社を辞め、僕はこの不思議な力を封印しました。
それから 30年、
僕は別の『癒しの道』を見つけます。
(第4章に続きます)