似ているようで、実は違う言葉――「天職」と「適職」、「戦略」と「戦術」を考えてみる

似ているようで、実は違う言葉――「天職」と「適職」、「戦略」と「戦術」を考えてみる

記事
コラム
これまで占いの活動をしていると、相談者さんから、

「私の天職は何ですか?
適職は何ですか?
占ってください」

と尋ねられることがあります。

また、仕事について電話相談を受けていると、

「戦略が〇〇で、戦術が□□で……」

というように、どちらも似た意味として使われているように感じることがあります。

そこで、改めて言葉の意味を調べてみました。

似て非なる言葉

手持ちの国語辞典で「天職」を調べると、

「天から授かった職業。また、その人の天性に最も合った職業」

とあります。

一方、「適職」は、

「その人の能力・才能などに合った職業」

とされています。

どちらも「自分に合った仕事」という点では似ています。

しかし、よく見ると少し違います。

「天職」は「天性」や「天から授かった」という意味合いがあり、「適職」は「能力・才能などに合った職業」という意味です。

つまり、似ているようで、同じではありません。

同じことが、経営や仕事、スポーツなどでよく使われる言葉、
「戦略」と「戦術」にも言えます。

「戦略」は、組織などを運営していくうえで、将来を見通して立てる方策。

一方、「戦術」は、ある目的を達成するための具体的な方法・手段とされています。

簡単に言えば、

「何を目指すのか」が戦略。
「それを、どう実現するのか(方法)」が戦術。

と考えると分かりやすいかもしれません。

この二つを取り違えると、物事の進む方向が変わってしまうことがあります。

「天職」と「適職」

紀真は、一生の仕事として考えるのであれば、「天職」だけではなく、「適職」という視点も大切なのではないかと思っています。

「天職」は、自分の天性に合い、使命のように感じられる仕事。

一方、「適職」は、自分の能力や才能などに合った仕事です。

もちろん、「これこそ自分の天職だ」と思える仕事に出会えれば、それは素晴らしいことです。

ただ、実際に生活していくためには、

「自分がやりたいこと」

だけではなく、

「自分の能力や経験を活かして、仕事として金銭的に成り立つものは何か」

という視点も必要なのではないでしょうか。

「好きだからやる」と「自分に適していて、仕事として続けていける」は、似ているようで少し違います。

だから紀真は、人生の仕事を考えるときには、「天職か、適職か」などの二者択一ではなく、天職という気持ちと、適職という現実の両方のバランスを考えることが大切なのではないかと思っています。

「戦略」と「戦術」

そして、もう一つ気になるのが「戦略」と「戦術」です。

物事を考えるとき、私は、

「どうやって実行するか」

という戦術よりも先に、

「そもそも、何のためにやるのか?」
「真の問題・課題の出どこはどこか?」

を明確にすることが大切なのではないかと思っています。

「どうやるか」に一生懸命になっているうちに、いつの間にか、

「何のためにやっていたのか」

を忘れてしまう。

そんなことは、仕事でも人生でも起こり得るのではないでしょうか。

「doing(どうするか)」に追われるあまり、本来の目的を見失ってしまう。

そんな状態にならないためにも、まず「何のために」という戦略を考え、そのうえで「どうするか」という戦術を選ぶ。

そんな順番が大切なのではないかと思います。

戦略を実現するためなら、戦術はいくつも考えられます。

もちろん、だからといって、ズルをしたり、人を傷つけたりする方法まで良いということではありません。

そして、もう一つの「似て非なるもの」
実は、こうした「似ているようで違うもの」は、仕事だけではありません。

「愛情」と「依存」

「愛情」と「依存」。
愛情と依存も、その一つではないでしょうか。

「大切に思うから、いつも一緒にいたい」

「好きだから、相手のことを何でも知りたい」

最初は「愛情」のように感じていたものが、いつの間にか、

気持ちは痛いほど分かりますが、
「返信がないと不安になる」

「今どこにいるのか知りたい」

「自分以外の人と楽しそうにしていると許せない」

という気持ちに変わってしまうことがあります。

恋愛の悩みについてのある調査でも、「好きな人に振り向いてもらえない」「恋人とうまくいっていない」など、相手との関係や距離感に関する悩みが挙げられています。

もちろん、愛情そのものが悪いわけではありません。

むしろ、誰かを大切に思う気持ちは、とても大切なものです。

ただ、

「相手を大切にしたい」

と

「相手を自分の思い通りにしたい」

では、似ているようで意味が違います。

「愛情」と「依存」も、時には境目が分かりにくくなるのかもしれません。

「愛情」と「依存」の境目

だからこそ、自分の中にある気持ちを、一度立ち止まって見つめてみることが大切なのではないでしょうか。

実は、私たちの身の回りには、「ここまでは許されるけれど、ここから先は越えてはいけない」という境界線が、いくつもあります。

ところが、その境界線を見失ってしまうと、取り返しのつかないことにつながる場合があります。

今朝、元交際相手の関与が報じられる沖縄で起きた女性死亡事件もショックですが、最近のニュースを見ていると、警察官が捜査の仕事の合間に現金を盗んだり、学校の教師が児童を盗撮したり、消防士が放火したり……。

信じられないような事件が報じられることがあります。

そんなニュースを見ると、

「一体、どんな思いで、その人との関係を築き、どんな志を持って、その仕事に就いたのだろう?」

と考えてしまうことがあります。

もちろん、他人のことを簡単に判断することはできません。

だからこそ、これは私自身にも向けたい問いなのです。

「自分は、何のためにこれをしているのだろう?」

自身の幸せのために、〇〇しようとする。

それ自体は悪いことではありません。

けれど、自分の中にある「似ているようで、実は違うもの」をきちんと理解していなければ、気づかないうちに、思ってもみなかった方向へ進んでしまうことがあるのではないでしょうか。

もし今日のブログが、紀真から皆さんへの「教え」のように聞こえてしまいましたら、ごめんなさい。

決して、皆さんに何かを教えようとしているわけではありません。

むしろ、私自身に問いかけていることです。

今日は、

「似て非なるもの」の勘違いが、自分の中にないだろうか。

そんなことを、皆さんと一緒に考えてみる日にしてみてはいかがでしょうか。
m(_ _)m

「天職は何だろう?」
「自分に向いている仕事は何だろう?」
「これから、どう生きていけばいいのだろう?」

そんなふうに迷ったときは、答えを急いで決める前に、一度誰かに話してみるのも一つの方法です。

紀真の電話相談やチャット相談では、今のあなた様の気持ちや状況をお聞きしながら、一緒に整理していきたいと思います。

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