「自分は、会社員に向いていないのかもしれない」
職場で何度もうまくいかないことが続くと、そんなふうに考えてしまうことがあります。会社を変えても、職種を変えても、また人間関係で悩む。
周囲の人が普通にできていることが、自分にはできない。
「理不尽なルールに納得できない」
「形だけの仕事に意味を感じられない」
「顧客のためにならない社内政治に違和感がある」
そんな思いを抱えながら、それでも周囲に合わせようと無理を重ねてはいないでしょうか。
そうなると、問題は会社ではなく、自分にあるように思えてきます。
私も、メーカーやWeb業界など、異なる環境で働くなかで、何度も同じことを考えました。
悲しいかな、「会社になじめない人」の特徴として挙げられるものに、思い当たることがいくつもあったからです。
もともとは、周囲に合わせる人だった
私は、初めから会社で自分の意見を強く言うタイプだったわけではありません。むしろ、周囲に合わせる方でした。
意見が違っても、関係を悪くしないために受け入れる。
納得できないことがあっても、会社だから仕方がないと飲み込む。
困ったときに助けてもらえなくなるのが怖くて、自分の気持ちを抑えていました。表面上は、大きな問題を起こさずに働けます。
しかし、それを続けているうちに、心は少しずつ削られ、疲れ果てていきました。
なぜ、周囲と同じように受け流せなかったのか
自分なりに考えてみると、受け流せないことには共通点がありました。
一つは、「納得感」のない理不尽です。
「みんな我慢しているから」という理由で、誰かが不利益を被っていたり、おかしいことが放置されていたりすると、どうしても見過ごせませんでした。
もう一つは、仕事の「目的」です。
「何のためにするのか」「もっとよい方法はないのか」を考えずにはいられませんでした。組織にとっては「余計なことをせず言われた通りにしてほしい」と思われても、私にとっては仕事に意味を持たせるために不可欠なことだったのです。
そして最も苦しかったのは、顧客よりも「社内政治」が優先される場面です。
本来の目的よりも「誰の顔を立てるか」が重視される状況に触れるたび、「何のための仕事なのだろう」と立ち止まってしまいました。
合わせても、意見を言っても、別の問題が起こる
自分を偽ることに限界を感じ、少しずつ意見を言うように変えてみました。
理不尽には疑問を伝え、目的が不明な指示には理由を確認し、より良い方法を提案する。
その結果、自分を偽らずに済むようにはなりましたが、今度は周囲から「扱いづらい人」と思われるようになりました。
合わせれば、自分が苦しくなる。
意見を言えば、摩擦が生まれる。
どこかに「正しい振る舞い」という正解があって、それを選べばすべて解決すると思っていました。けれど実際には、どのような選択をしても、別の課題が生まれます。
大切なのは、問題が起きない選択を探すことではありません。
「どうすれば、自分の思いを大切にしながら、この状況を引き受けられるのか」
それを考えることなのだと気づきました。
「社会不適合」は、欠点ではない
会社に合わせられないことを「社会不適合」と呼ぶことがあります。
けれど、それは本当に悪いことなのでしょうか。
理不尽を理不尽だと感じる。
仕事の本質的な意味を考える。
顧客にとって本当に必要なものを優先する。
これらは、社会人としての欠点ではありません。
見方を変えれば、「違和感を見過ごさない感性」であり、「仕事の本質を考える力」でもあります。
自分の感覚をすべて否定して、会社に無理やり合わせる必要はありません。
「自分の何が悪いのだろう」と責める代わりに、「自分は何を大切にしたかったのだろう」と問いかけてみてください。
一人で考え続けると、答えは「自分が悪い」に戻ってしまう
この記事を読んで、あなたはどう感じましたか?
「自分も同じだ」と感じた方もいれば、「やっぱり自分が甘いだけかも」と不安になった方もいるかもしれません。
私自身、今でも「これが正解だ」と言い切れる答えを持っているわけではありません。
ただ、経験から分かったのは、一人で考え続けていると、いつの間にか「自分が悪い」という結論に飲み込まれてしまうということです。
誰かに話し、自分とは違う角度から光を当ててもらうことで、
「本当に自分だけが悪かったのだろうか」
「大切にしたかった価値観は何だったのか」
と、新しい景色が見えてくることがあります。
もし今、一人で同じ場所をぐるぐると回り続けているなら、一度その気持ちを言葉にしてみませんか。
🌿お気軽にご相談ください。