こんばんは、月詠ソラです。タロットの中には、絵を見ただけで思わず安心してしまうカードがいくつかありますが、今夜の「杖の6」はその筆頭かもしれません。月桂冠をかぶった人物が、堂々と杖を掲げている絵柄だからです。
もしあなたが、
・「杖の6=勝利・成功の確定」と聞いて、両想いはもう保証されたようなものだと思い込みたくなっている
・共通の友人から「絶対うまくいくよ」「もう脈ありでしょ」と言われるたび期待が膨らむのに、あの人本人の口からはまだ何も聞けていない
・手応えらしきものはいくつも感じているのに、それが本当にあの人自身の気持ちなのか、周りが作った空気なのか、区別がつかなくなっている
・この高まりがこの先も続くのか、それとも一瞬だけのものだったのか、確信が持てずにいる
杖のスートは36弾「杖の3」・41弾「杖の8」・44弾「杖の9」・49弾「杖の5」に続いて、今夜で5回目です。上のどれかに近いものを感じているなら、この絵柄がどんな景色を描いているのか、少しだけ覗いてみませんか。
■「杖の6」は恋愛占いで「勝利・成功の確定」と誤解されやすいカードです
タロットの「杖の6」は、月桂冠をかぶった騎手が、白い馬にまたがったまま行列を進んでいる絵柄です。右手に掲げた杖の先には、勝利を示す月桂樹の輪が結ばれています。周りには徒歩の人物が数人立ち並び、それぞれ自分の杖を掲げてこちらを見上げています。月桂冠と、迎える人々の掲げた杖の取り合わせから、恋愛占いでは「これが出たら気持ちは確実に通じ合っている」「告白すれば必ず成功する、疑う余地のない勝利のサイン」と、結果まで保証するような読みをされがちです。けれど、掲げられている杖の本数を数えてみると、そこまで単純な話ではなさそうだと分かってきます。
■「杖の6」が伝えているのは、独りで掴み取った確定の勝利ではありません
よく見ると、馬はまだ歩みを進めている最中で、表彰台の上で静止しているわけではありません。月桂樹の輪が結ばれているのは、騎手が掲げている一本の杖だけです。ですがその周りには、少なくとも四、五本の別の杖が掲げられています。それらは騎手のものではなく、迎えている人たちがそれぞれ自分の手で持ち、自分の意志で高く上げている杖です。つまりこの行列は、騎手一人の力だけで作られた景色ではなく、周りに立つ何人もの人が、それぞれ自分の杖を差し出すという形で関わって、初めて「凱旋」という絵になっています。そしてよく見ると、騎手自身の表情はそれほど大きく崩れておらず、群衆の誰かと目を合わせている様子もありません。前を見つめたまま、馬に揺られて進んでいるだけのようにも見えます。「もう脈ありだよ」「絶対うまくいくよ」という周りの声にも、これと近い構図が視えることがあります。あの人を取り巻く空気や、共通の知人たちの後押しが、先に歓迎の杖を掲げてくれているのは本当かもしれません。けれど、その歓迎の輪と、あの人自身の中の実感がぴたり同じ速さで進んでいるとは限らないのです。杖の5のように、それぞれが自分のことだけに気を取られてばらばらの方向を向いているのとは違い、この行列は確かに視線と杖を一人の人物へ揃えて向けています。それでも、向けられている杖の数だけ、支えている人の数だけ、まだこの凱旋は誰か一人だけのものとは言い切れない厚みを持っている、というのが実際のところに近いようです。
■ 杖の6が示す、二つの色
杖の6を鑑定していると、こんな2色が重なって視えることが多いです(どちらか一方だけというわけではありません)。
萱草色(かんぞういろ)が、あの人を取り巻く杖の列ににじんでいるとき
明るい橙みを帯びた黄色です。向日葵色の「まっすぐで隠しごとのない好意」や山吹の「軽やかな好意の兆し」がどちらもあの人自身の色であるのに対し、萱草色はあの人一人の色ではありません。周りにいる何人もの人が、それぞれ小さく灯した好意や後押しが重なり合って、外側から見える歓迎の形になっている、そんな色です。
薄花色(うすはないろ)が、あの人自身の胸の内にまだ残っているとき
淡く、頼りない青です。有明色の「夜と朝の境目、名前のつけようがない移行の時間」とも、望月色の「気持ちとは無関係に満ちていく暦の座標」とも違って、薄花色は外側からの歓声がすでに届いているのに、本人の中ではまだそれを自分のものとして塗り重ねきれていない、色の薄いままの実感を表します。
■ 実際の鑑定で視てきたパターン
実際の鑑定でも、杖の6が出たときによく耳にする声があります。「共通の知人から『あの人、絶対あなたのこと好きだよ』と聞いて舞い上がったけれど、本人からは何も言われていないので、それが本当なのか分からなくなる」。そんな戸惑いを抱えて相談にいらっしゃる方が、少なくありません。金貨の3のように、他者の視線が本人の態度そのものを硬くさせているのでもなく、杖の5のように、めいめいが別の対象と向き合っているのでもなく、杖の6は他者の杖=周りの関わりが、すでに歓迎という一つの形になって表に出ている場面で出やすいカードです。聖杯の10が、二人がそろって外側の理想を見上げる絵だったのに対して、杖の6は生身の一人へ視線と杖が集まる絵で、対象そのものの性質が異なります。あの人自身の実感は、周りの歓迎ほど早くは仕上がっていないことが少なくなく、その差がもどかしさとして返ってくることがあります。
■ 今夜のあなたへ
「杖の6」は、疑いようのない勝利を保証するカードではありません。周りに掲げられた杖の数だけ、応援や好意が本当に集まっているのだとしても、それがそのままあの人自身の実感の速さと重なっているとは限らないからです。届いている歓迎の声を無理に打ち消す必要はありませんが、それだけを唯一の証拠として急いで安心を確定させる必要もありません。行列がまだ歩みの途中にあるように、あの人の実感もまだ道半ばなのかもしれない、というくらいの心の置きどころで、今夜は十分だと思います。
杖のスートもこれで5枚目、他のスートより一歩先に進みました。次は少し間が空いている聖杯のスートに戻って、まだ開いていない「聖杯の6」を手に取ってみようと思います。
もし今、杖の6があなたに示した意味を、もっと詳しく知りたくなったら。
誰にでも話せる関係とは限らない分、周りの見え方とあの人自身の実感がどれくらい重なっているのかは、見えにくいものです。そうした複雑な事情のもとにある本音は、鑑定メニュー「その恋の行方と本音を視てお伝えします」で、1,500字ほどの鑑定書にして24時間以内にお届けしています。いまは開店記念として1,000円(8月末まで、9月からは3,000円)でお受けしています。
掲げられた杖の一本一本が、いつかあの人自身の実感に追いつきますように。
月詠ソラ