第1の象徴|ハエー科学的な権威
※象徴なぜだろうシリーズ全3篇の1弾。科学的な用語を使うと、なぜかその言葉自体が、人を納得させてしまう。
今日、SNSで知人の活躍する姿に「いいね」を押した後、
すぐ投稿の下をみると、動画が流れてきた。
ふと目に入ったその絵に、目を疑った。でも、思わず見入ってしまった。
それは、「お金持ちは悪口を言わない」という話から始まった。
そして、「ネガティブな発言によってコルチゾールが大量に分泌される」
「コルチゾールは脳内の毒物」ということらしい。
最後には、「コルチゾールを含んだ息を瓶の中のハエに吹きかけると、ハエが死んでしまった」という実験談へとつながっていった。
画面を見ながら、しばらく固まった。
論理の三段跳びどころではないこの物語に🪰いったいなぜ、ハエが登場したのか?
それから、コルチゾールというホルモンの扱われ方にまず違和感を覚えた。
「コルチゾールって、悪か?」「コルチゾールって、出なければないで困るでしょう?」って思ったからだ。
コルチゾールは、生命維持に欠かせないホルモンの一つである。ストレスへの適応だけでなく、血糖や血圧、代謝、免疫反応の調節など、身体のさまざまな働きに関わっている。
たしかに、慢性的に過剰な状態が続けば健康に悪影響を及ぼすことがある。しかし、だからといって、コルチゾールを単純に『脳内の毒物』と呼ぶのは不正確だ。
体内でホルモンが増えることと、そのホルモンが毒物であることは、まったく別の話なのだ。
さらに気になったのが、ハエの実験の絵図。
コルチゾールは主に、血液を介して全身に作用するホルモンである。
だから、ストレスを感じた人の呼気に、ハエを死なせるほどのコルチゾールが含まれるという説明については、相応の科学的根拠が必要になるはず。
「怒った人の息がハエを殺す」という話は、古くから語られている。そして、実験談と結びつけられることがある。
仮に瓶の中のハエが死んだとしても、それだけで原因がコルチゾールだったとは言えない。
瓶の中の酸素や二酸化炭素の濃度、温度、実験条件など、ほかの要因を検証する必要があるからだ。
そもそも、ネガティブなことを考えたり口にしたりするたびに、必ずコルチゾールが大量に分泌されるわけではない。
そして、仮に悪口を言う習慣が心身や人間関係に悪影響を及ぼすとしても、それが「お金持ちは悪口を言わない理由」を証明することにはならない。
このとき私は、
「悪口を言わない方がいい」という道徳的な結論を先に置き、そこへ脳科学らしい説明と、衝撃的な実験談を組み合わせてはいないだろうか。
そして、
ハエが死ぬほどの毒なら、悪口はやめた方がいい。そう考えた人は、動画の内容を有益な情報だと受け取り、誰かに伝えるかもしれない。
しかし、そこで示された科学的な因果関係は、十分につながっていない。
そもそも、その実験はいつ、誰が、どのような条件で行ったものなのだろう。動画からは、その根拠が見えてこない。
また、こうも考えさせられた。
この動画を見た人が悪口を控えるようになり、結果として人間関係がよくなったとしよう。
それ自体は喜ばしいことかもしれない。
けれども、その変化があったからといって、動画の科学的な説明まで正しかったことにはならない。
結果がよかったことと、説明が正しかったことは別の話なのだ。
今のSNSには、もっともらしい映像や専門用語を組み合わせることで、情報の中身を確かめる前に、見る人を納得させてしまう表現があふれている。
魅力的な人物像、AIで作られた映像、そして科学的に聞こえる言葉。
これらが重なれば、私たちは無意識のうちに「この人は詳しい人なのだろう」と感じてしまうかもしれない。そして、そのまま鵜呑みにしたり、そのまま信じたり、もっと言えば、発信自体の虜となってしまうかもしれない。
しかも厄介なのが、誤った情報であっても、すぐに問題が表面化するとは限らない。
また、発信者に悪意があるとは限らない。本人は本当に役立つ情報だと信じているのかもしれないし、利益を得ること自体が悪いわけでもない。
しかし、発信者の善意と、情報の正確性と、受け取る人の利益は、必ずしも一致しない。
だからこそ、私たちは情報を受け取るとき、少なくとも一度は立ち止まる必要があるのではないだろうか。
誰が語っているのかだけではなく、何を根拠に語っているのか。
一本のSNS動画に登場した小さなハエは、思いがけず、いくつもの問いを私の心に残していった。
「私たちは、今の便利さのために、
いったい、未来へ何を残していくのだろう?」