父性欠如から起こる母性過剰 そして母性欠如へ…家族の負の連鎖からの再構築を考える

父性欠如から起こる母性過剰 そして母性欠如へ…家族の負の連鎖からの再構築を考える

記事
コラム
《父性欠如とは》
家族という小さな社会の中で重要な役割を果たす「父性」。
家族全員が道を間違わないよう指揮をとる。
「舵取り」である。

父性欠如・父性不在は、家庭の父親がたとえ居たとしても起こります。
家族を守るため父親が道徳的虚勢を行うことが出来なければ、それは父性欠如を招きかねません。


《母性過剰》
父性の欠如(不在)した家庭では、母性を担う母親がその母性でカバーしようと過剰に愛情を注ぎます。
そのため、母子関係が心理的に密着したものになり(共依存)、子どもの社会的自立を妨げてしまいます。
(父性は子どもを社会に送り出す役割。)


《母性過剰から母性欠如へ》
父性欠如を母性のみでカバーすることには限界があります。
母性を担う母親が心理的に疲弊してしまい、本来の母性としての愛情を注げない状態になります。
(母性は子どもを包み込む愛情を与える。)
これが母性欠如です。

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…父親が家族の「舵取り」としてどうあるべきか分からない状態が続くと父性欠如の家庭になり、心理的家族崩壊になり得ると思います。
外部からは何も問題がなさそうな家族に見えますが、中身はあるべき家族からは程遠いものになっている…父性欠如の家庭で育った方からはそのように思えることもあります。

弱い父…。
そこから強い母が生まれ子どもに対しての過干渉に至ってしまう。
社会に適応できず自立心を持てない。

自分の心の中の「師」という人・目標とする人が目の前にいない状態であるために、同性の親との同一視ができず人として自立できなくなる。


文章にすると、その家庭で育った方はもうだめではないか?と思ってしまうくらいです。
けれども、家庭では無理だったけれども別の場所で人生の自分の「師」という人がいてくれることで自立・社会適応は可能となるのです。


…私の育った家庭も心理的家庭崩壊に近い状態だったと思われます。

ひとりの「師」はいませんでしたが、その時その時の出会いの中に「師」と言える方に出会っていたのではないかと。


過去は変えられないけれど、未来は作っていくもの。
そして、たくさんの出会い・今の経験で過去の記憶の感じ方は置き換わる。

…私は信じています。


いつき




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