╰ᘏᗢ~╰ᘏᗢ~╰ᘏᗢ~
先に言いますがちょっと今回の話はあまりにも分岐点が多すぎて確実にまとまらないし伝わりません。
そもそもこの表現が伝わらない。
表にしたいくらい。
まぁこの伝わらなさが伝わればいいかなと思うので、暇な方は読んでください。
╰ᘏᗢ
えーーーと、ADHD・HSP・繊細さんなんて言葉をよく聞くようになってからなんだかんだ結構時間が経ちましたよね。
SNSによって今までは少数派にみえていた声が増えていって表面化してきて通称も付いて、みたいな。
ただなんか色んな方と話してたり、見ていたりするとむしろそういったものに属しませんという人の方が少数派な気がするんですよね。
むかしより我慢しなくていいですよっていう世の中になっているし、その人を分析したり分類したりするものやデータも増えているので、診断しまーすって言ったら全員なにかしらには無理矢理分類できちゃうんですよね。
もちろん分類したからといってあなたのタイプは100%それですという話しでもないですよ。
あくまでそういう側面もありますよという話し。
少数派で理解されていなかった方の気持ちが大衆に広まりやすくなったことはSNSの恩恵。
勘違いした一部の人たちがなんでもかんでも言ったもん勝ちみたいになっていることはSNSの弊害。
╰ᘏᗢ
昭和平成令和になって色々な物が可視化されるようになって、そんなものあったんだ!そんな人いたんだ!そんな考えあったんだ!というものが続々と出てきました。
ただこれらのほとんどはおそらくですが元々あったよねって言えるもの。
例えば今ADHDと呼ばれるタイプの人は昭和の時代にいなかったのか。
っていうとそんなことはなくて、とりあえずいたとは思うんです。
ただ、数はわからない。
昭和から数十年経って色々な環境が変わって元々少なかったけど増えていったよねって言えるものもたぶんたくさんありますし。
昭和の時代に少数派だった方々が我慢していたのか気にもしていなかったのかは分かりませんが。
╰ᘏᗢ
そして先ほどのSNSの恩恵という点でも、一方で思うこともあり。
というのは今もなお大衆に知られていない病気や症状というものは山ほどあって。
気になるのはそういった方への理解者がほんのわずかでも増えている時代でもあり、同時に他人への関心がどんどん薄れている時代でもあるということ。
正直プラマイにしたらちょっとマイナスなんじゃないかなとも思ってもいます。
色々なものが認知されて理解されるスピードよりも、よく分からない物や人を毛嫌いしたり叩く人が増えている、そのスピードの方が早く多くなっている印象。
要は今の時代周りを気にしすぎなんですよね、これはSNSの弊害。
もちろん都会か田舎かとか、それぞれの場所でも生活圏によって違います。
どこに行こうがどこに属そうが100点満点の環境なんてないですしね。
╰ᘏᗢ
んん、そろそろやめようかな。
思った通り収拾がつかなくなっていますねぇ。
普通ってなんでしょうね。
ということで、今回のタイトルは「普通ってなに」でした。
また次回ദ്ദി^._.^)
╰ᘏᗢ~╰ᘏᗢ~╰ᘏᗢ~