遠回りしたから見えたもの。

遠回りしたから見えたもの。

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コラム
昨日、大きなプロジェクトにひとつ区切りがついた。

しばらく肩に乗せていた荷物をようやく下ろせたような気持ちでいる。

振り返ると、この期間は「しなくてもいい遠回り」を全部したんじゃないかと思う。

そんな話をすると、「ここまでの経験は、なかなかできるものじゃない。よかったね。」と、前向きな言葉をかけてもらうこともある。

私に関わる仕事だから、一番集中していたのは間違いなく私自身だった。

でも、これだけ長い期間になると、人は途中で飽きてしまうこともあるし、少しずつ他人事のようになってしまうこともある。
それは誰が悪いわけでもなく、ごく自然なことだと思う。

最初は、やりたいことを語り合い、理想を並べていた。
あの時間は純粋に楽しかった。

ただ今回は、本当に何をやっても裏目に出ることが多く、そのたびに軌道修正。
その繰り返しだった。

熱量は少しずつ下がり、優先順位も変わっていく。
慣れが出て、緊張感も薄れていく。

うまくいかないこと以上に、みんなが「飽きてしまうこと」のほうが怖かった。

それでも、このチームでここまで遠回りしたからこそ見えたものがある。

「またかよ。」「まだかよ。」「もう嫌だ。」

そんな言葉を口にしながらも、一緒に進んでくれた相手の忍耐強さには、本当に助けられた。
思い通りに進まない時間が長かったからこそ、その姿勢に何度も救われた。

正直、相手が違っていたら、この仕事はここまでたどり着けなかったと思う。

まだすべてが終わったわけではない。

それでも、大きな区切りを迎えた今日、この気持ちを忘れないうちに書き残しておきたい。

2026.07.01


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