雨が上がったばかりの、ある夜のことでした。
その夜の最後の予約は、お名前が伏せられていました。占いに来る方には、名前を明かすことさえためらう方がいらっしゃいます。それだけ、人は弱った心を抱えてここへ来るのです。
入ってこられたのは、五十をいくつか過ぎたくらいの女性でした。ひと目で、お加減がよくないのだとわかりました。頬はこけ、手首は折れそうなほど細い。けれど、背筋だけはまっすぐに伸びていらっしゃる。
「占いなんて、初めてですの」
そう言って、その方はやわらかく笑いました。
しばらく、たわいもない話をいたしました。そして、ふと、湯呑みに視線を落としたまま、こうおっしゃったのです。
「わたし、実は……あまり、時間がなくて」
部屋の空気が、すっと静かになりました。
「お医者さまに、言われましたのね」
その方は、小さく、けれどはっきりとうなずきました。「春の終わりに。もう、長くはないと」
「最後にひとつだけ、占っていただきたいことがあって、まいりましたの」
わたくしは、てっきりご自分のことだと思っておりました。けれど、違ったのです。
「娘が……これから、幸せになれるのか。それを、知りたいんですの」
お話を聞くうちに、見えてまいりました。お嬢さまとは、もう何年も、まともに口をきいていらっしゃらない。若い頃、強く反対をなさって、きつい言葉もぶつけてしまった。そのまま、お嬢さまは家を出た。
「もう、謝る時間も、そんなに残っていなくて。せめて、あの子がこの先ちゃんと幸せになれるのか、それだけでも知れたら……」
最後の言葉は、もう、声になりませんでした。
わたくしは、カードを引きました。現れたのは——「太陽」のカードでした。まばゆい光のもと、あどけない子どもが描かれた、無条件の肯定をあらわすカード。
「これはね、『あなたは、すでに愛されている』というカードなのよ」
「この太陽はね、誰かがずっと前から、その子に注いでいた光なんですのよ。離れていても、けんかをしていても、ずっと注がれていた光。——あなたが、お嬢さまに注いでこられた光と、同じなのよ」
その方の頬を、涙がひとすじ伝いました。
「でも、わたしは、あんなにひどいことを」
「ひどい言葉が出るのは、どうでもいい相手にではありませんわ。本気で、その子の幸せを願っていたから、あなたは強く言ってしまった。それは、まちがいなく、愛なのよ。あなたはもう、答えをご存じなのよ」
その方は、声を上げて泣かれました。そして、すっと顔を上げて、こうおっしゃいました。
「わたし、手紙を書きます。ちゃんと、ごめんねって。それから……ありがとうって」
その方は、来たときよりもまっすぐな背中で、夜の街へ消えていかれました。
それから、ひと月ほど経った頃。鑑定室に、若い字の便りが届きました。
『母が、先日、旅立ちました。最後の数週間、たくさん話しました。長い手紙をもらったんです。ごめんね、と、ありがとう、と。母が、どうしても先生にお礼を、と言っていました』
わたくしがしたことなど、何もありません。カードを一枚、引いただけ。あの方がご自分の胸の奥に、ずっと前から持っていらした答え。その上に、月の光をほんの一筋、当てさせていただいた。ただ、それだけのことです。
占い師にできることは、灯りを一筋、当てることだけ。道を歩くのは、いつだって、その人自身です。
それでも、暗い夜道の一筋の月あかりが、どれほど人を支えることか。
あなたの胸の奥にも、きっと、もう答えはあるのよ。もし、それを信じられない夜があったなら——そのときは、月を見上げてごらんなさいね。
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