私は、スピリチュアル業界に居るのに、霊感や超能力など、オカルトの類を信じていない。
活動に、業界のセオリー通り、占い用のカードを使っていても、
「天使が導いてくれますよ」
「ご先祖が守ってくれていますよ」
「宇宙はあなたの味方ですよ」
なんて、自分が納得できないことを、他人に言えない。
言えるのは、
「眠いなら、寝たら良いんですよ。」
程度の、神秘的でもなければ地味で、ごく普通の“当たり前の事”だ。
もし、自分がそういう類の発言を始めると、
「それ、エビデンス(根拠・証拠)出ているんですか?」
「“なんとなく”ではなく、論理的に説明・証明できますか?」
「次のガチャはすり抜けないと言い切れない程度の未来予測で、現実の未来が良くなるというのはおかしいですよね?未来予測も立派な50/50のガチャではないですか?本当に当たるかどうかわからないなんて、ギャンブルと変わりませんよね?」
…と、堺雅人もビックリ饒舌で、自分に対する理詰めが始まってしまう。
いたずらに業界の人を、否定したいわけではない。
たとえギャンブルでも、その結果から、未来に希望を持てる人はいる。
『絶望しかない』と悩める中、騙し騙しのその“方便”で、『じゃあ、明日も生きてみよう。』と居直れる人もいる。
とはいえ、いつまでも騙し騙しで、騙されているだけで納得できる人はいない。
必ず、“現実”が立ちはだかる。
立ちはだかっていると感じているから、縋りついていたスピリチュアル業界に対して、
「インチキだ!」
「嘘ばっかり!」
「全然当たらない!!」
なんて、文句がたらふく出ているのではないか?
とはいえ業界の人々も、高額のセミナー代や時間などのコストを払って、更にはマーケティングを図り、やっと手に入れた知識や地位、権威だったりする。
そう簡単に手放したくないし、極論、手放せば『騙された』と認めることになるし、『騙した』と認めることになる人もいるだろう。
自分に自分で踏み絵を仕掛けるなんて、なかなかSAN値が削れる。
一番近く、スピリチュアル業界が活性化した2020年頃は、世界中が流行病で大混乱に陥った。
急に職を失ったり、先の見えない自宅待機や、右往左往する国からの指示。
新ウイルスがどんなものかと証明されていない中、不安だけ煽る報道と、それで踊る消費者。
その中で労働を余儀なくされる人々に、ハッキリとした保証はない。
理不尽の連続で、不安や憤りからの八つ当たりでしかない怒号の中、それでも生きていかないと仕方がない人々。
こんな中で、藁にもすがる勢いで、スピリチュアル業界に来た人は多いだろう。
闇の中にいる時の、希望や光というものは、甘美で美しく感じる。
だからこそ、『救われた・導かれた・支えられた…』という感覚を強く覚える。
では逆に、希望や光の中に居て、現実の“闇”を見てしまった者は、どうなるだろうか?
アニメやゲームのキャラで例えれば、簡単に説明できる。
“闇堕ち”だ。
何もかもに裏切られたような、どうしようもない感覚から、復讐心や反逆心に飲まれるような状況になる。
私は小学生の頃から、新興宗教の2世信者で、(多少疑いや不満があれども)教義をもとに生活をしていた。それはそれはもう…献身的に。
だからこそ、どこまでも教義ではどうにもならない闇を見た時の絶望感といったら、それはそれはもう……思い返すと面白い。
「なんであんなもの信じていたんだ?」
と、笑い転げてしまう。
ここで三文小説以下の、昔話をしても仕方がない。
「あの、光だと思っていたのは蛍光灯。私はさしずめ、その光に誘われた“蛾”だった!」
なんて絶望しきった私が移住してきたのが、“占い”界隈だった。
しかし、暫くやっていくうちに、それにも
「新興宗教と一緒じゃねぇか!みんなして教祖様ばっかりじゃねぇか!!承認欲求と自己顕示欲ばっかり!自己愛ヤバすぎキッショ!!」
と、呆れ散らかした。
まともに私を照らしたのは、当たり前の“学問”だった。
特別な学校や、セミナーに行ったわけではない。
ごくごく普通の、小学生でも理解ができるような図鑑や、高校の教科書、Googleで検索したら出てくる結果程度のツギハギだ。
心理学・栄養学・発達保育・保健体育・歴史…あっちを齧れば、こっちを齧り…と、芋づる式に『なんで?』を潰していけば、必然的に分野を特定せずに知識は拡がっていく。
このお粗末ブレインの私でも理解ができるような内容なのだから、世の中の人たちが理解できないはずが無い。
トリックがわかってしまうと、もう自分を騙せない。
しかし、カードリーディングは面白い。辞められない。どうにか続けたい。
模索しているうちに出来上がったのが、プログラミングのソースコードを確認するような、カード観測・鑑定だ。自分で言ってて意味がわからない。
「日中眠いんです。」
「夜寝てください。」
「夜眠れないんです。」
「なんで?」
からの、理詰め正論パンチ。
相性が良いのは、感情論や非論理的なオカルトの類を抜きにして、客観的なデータと論理で状況を整理したい人だ。
現状を見つめ、第三者目線で観測することは得意だ。
向上心溢るる“人生”というゲームのプレイヤーに、攻略方法の考察程度だけれども、役立ててもらえればと思っている。