同じ出来事なのに、前ほど苦しくないのはなぜ?

同じ出来事なのに、前ほど苦しくないのはなぜ?

記事
コラム
以前の私は、相手の反応が一番でした。

連絡をするときも、
「どんな返事が来るんだろう」
「嫌な反応をされたらどうしよう」
「また傷つくかもしれない」
「スルーされちゃうかも」

まだ何も起きていないのに、
悪い方へ悪い方へと考えて、
心臓がバクバクしてました。

そのことで頭がいっぱいになっていました。

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相手がどう反応するのか。
それによって、自分がどう感じるのか。
自分の気持ちが、
相手の反応に大きく左右されていたのだと思います。

先日どうしても連絡が必要でLINEを送りました。

ところが数日経っても、既読にならない。
もちろん返信も来ない。

私からの連絡、ウザがられてる?
一日一回くらいは見るよね?

そんなことばかり考えていて、
心臓のバクバクが止まりませんでした。

でも、少し時間が経ってみると
「あれ?これって、私がこんなにあれこれ考える必要ある?」
ってちょっと俯瞰して考えられるようになったんです。

実際、連絡が取れた時の現実は、
自分が考えていた事とは、全く違う理由でした。

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今だって、相手の反応が
全く気にならないわけではありません。

でも以前と違うのは、
そこで一度
「待てよ」
と一歩離れて考えられるようになったこと。

返事がないとしても、
相手が今どんな状況なのか、私には分からない。
思っていたような反応ではなかったとしても、
そこには相手の都合や事情があるかもしれない。

それなのに、分からないことを自分の中で想像して、
不安になったり、傷つく準備をしたりする必要はあるのかな?

そんなふうに考えるようになってから、
少しずつ「相手のこと」と「自分のこと」を
切り分けられるようになった気がします。

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相手の反応は相手のもの。

そして私は、自分がどうしたいのかを
考えればいい。
ただそれだけ。
凄くシンプルなことでした。

出来事そのものは、以前と変わっていない。
相手が思い通りの反応をしてくれるようになったわけでもない。

同じ出来事なのに、以前ほど苦しくない。

そんなとき、変わったのは出来事や相手ではなくて、
出来事と自分との間にある
「とらえ方」や「距離」なのかもしれません。

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振り返ってみると、
変わったのは、私の中にほんの少し、
「ちょっと待てよ」
と、立ち止まれる場所ができたこと。

相手のことと、自分のことを
少し離して見てみる。

それだけで、同じ出来事でも
感じる苦しさは変わることがあるのかもしれません。

以前の私にはなかった、この小さな「間」。

今は、この「間」ができたことを
ちょっと嬉しく、誇らしく思えています。

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私自身、こんなふうに自分の心と向き合いながら、
少しずつ「とらえ方」が変わってきました。

誰かのお話を聴くときも、
「こう考えたほうがいい」と決めつけるのではなく、
その人がなぜそう感じているのかを、
一緒に見ていくことを大切にしています。 

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