医療・介護ライティング実績①|現場の違和感を言語化した記事:グレーケアが正当化されるとき

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なぜ不適切かもしれない支援が正当化されるのか

―組織の構造が生む現場の心理―




「適切ではないかもしれない」
そう感じながらも、引き返せなくなる場面があります。

そのとき人は、何かしら理由をつけて、
その行為を正当化しようとする。

私はそれが、虐待や身体拘束の事例とどこか似ていると感じています。
例えば夜勤帯。

職員は一人です。
ある利用者は、夜中の3時頃から
頻回にトイレに起き始め、そのまま眠れず、起床の準備を始めようとします。

居室からホールに出てきて、
ただぼんやり座っていたいこともあります。
しかし、その時間帯は、夜勤職員にとって
最も仮眠を取りたい時間でもあります。

ある職員は、
利用者がホールに出てこないように、ホールを真っ暗にし、
片隅にある事務所兼仮眠室に入ったそうです。

それでも利用者はホールに出てきました。

そんなことが続いたある日、
その職員は居室入口のドアに、こう書いた紙を貼りました。

「朝6時までは部屋で過ごしてください」

その貼り紙を見たとき、私は何とも言えない気持ちになりました。

なぜなら、その意図を知っていたからです。

「朝早くから起きて来られると、
         こちらは仮眠も取れない。
                だから貼り紙でお願いした」

もちろん、部屋から出るなと強制しているわけではありません。
あくまで「お願い」です。

だから問題ない、
という感覚もあったのだと思います。

夜勤者は十分に休めず大変なのだ。
これくらいしなければ夜勤は続けられない。
そういう思いもあったのでしょう。

この件を上司に相談したとき、
「利用者が思うように過ごすのが基本」という前提は示されました。

ただその後は、
夜中であること、お願い程度であること、
ドアを閉め切っているわけではないこと、
そうした事情も含めて、
はっきり否定しきれない、歯切れの悪い返答でした。


現場では、

「この状態が続くなら夜勤は続けられない」

という言葉が、非常に大きな力を持つことがあります。

この一言は、
現場職員だけでなく、上司や組織全体を黙らせることがある。

故意かどうかは分かりません。
ただ経験上、

こう言えば強くは咎められない、

という空気が積み重なっているようにも感じます。


虐待防止や身体拘束防止の研修を受けていると、

この貼り紙を見たとき、

「これは不適切ケア、
       あるいはグレーゾーンではないか」

と感じる人もいると思います。
不適切ケアやグレーゾーンケアは、虐待や拘束の芽になることがあります。


もし第三者、
例えば市役所の介護保険担当者や
運営推進委員が施設見学に来るとしたら、
その貼り紙はそのままにしておくでしょうか。


おそらく外すと思います。それは、

見られると困る

と感じる何かがあるからです。


どれだけ理由を並べても、

「誰かに見られるときは外す」

そこに一つの答えがあるように思います。


一度私は上司に、自分が代わりに夜勤へ入り、
その職員を夜勤から外してはどうかと伝えたことがあります。

すると返ってきたのは、

「夜勤代が大きいので、
         本人は夜勤を続けたいと言っている」

という話でした。
そこで話は止まりました。

言い方が難しいですが、
こうして組織の中で、

不適切かもしれないことに蓋がされる

場面はあります。

そして職員もまた、誤った守られ方をしている
ように見えることがあります。

本来、不適切な芽は
小さいうちに摘むべきなのかもしれません。
けれど現場では、

「少しくらいなら」
「職員も頑張っているし」
「問題になっていないから」

そうやって
積み重なっていくことがあります。

何年も、施設によっては何十年も。


組織の怖さは、一度前例ができると、
それが良くも悪くも続いていくことです。
こうして組織の歴史は作られていきます。

今日もどこかで、

「適切ではない芽」

が生まれているかもしれません。それは、
私が無意識に撒いている種かもしれない。
そう考えることがあります。


組織を見ながら、
自分自身はどうなのかと考えます。
私一人の力では、組織も、上司の権限も、簡単には変えられません。

それでも、
指摘し続けることは必要だと思っています。
一般職員にできることは、現場で体現すること。

そして、めげずに上司や組織へ伝え続けること。
今のところ、私に思いつくのはそれだけです。

皆さんはどう考えますか?




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