朝起きたら、スマホが圏外だった。
いや、圏外“っぽい”だった。
電波マークが、まるで深夜シフト明けのアルバイトみたいに、
「今日はちょっと…無理っすね…」と、やる気ゼロの姿勢で立っている。
再起動してもダメ。
機内モードをオンオフしてもダメ。
最終的に、スマホを両手で包み込みながら
「ねえ、私のこと嫌いになった?」と聞いたけど、もちろん返事はない。
返事されたらそれはそれで怖い。
私は焦った。
“連絡が取れない=社会的死”くらいの勢いで焦るタイプだ。
でも、ふと気づいた。
——そもそも誰からも連絡来てない。
焦って損した。
私の人生、思ったより静かだった。さみし。
仕方ないので、スマホを放置してコーヒーを淹れた。
すると、いつもより香りが濃い。
お湯を注ぐ音まで、やけにドラマチック。
まるで私の人生が急に映画のワンシーンみたいになった。
「電波が悪いと、世界の解像度が上がる説」
私はこれを提唱したい。
そんなことを考えていたら、突然スマホが震えた。
通知が一気に20件。
さっきまでの無反応は何だったのか。
急に仕事を思い出した社会人みたいに、慌てて働き始めた。
その中に、新規商談の連絡も入っていた。
電波が悪いせいで受けられなかったやつだ。
「すみません、電波が悪くて…」と返信しながら、
私はちょっと笑ってしまった。
だって、電波が悪いおかげで、
久しぶりに“何もしない時間”を味わえたから。
いつもは通知に追われて、返信に追われて、
“今すぐ”を求められている気がして、
ずっと走っているような気分になる。
でも、電波が悪いと、強制的に“待つ時間”が生まれる。
この“待つ時間”が、思った以上に良かった。
コーヒーの香りに気づいたり、
窓の外の光がいつもより柔らかかったり、
冷蔵庫の奥で冬眠していたプリンの存在を思い出したり。
普段なら絶対に気づかない小さなことが、
急に「ここにいるよ」と手を振ってくる。
世界って、こんなに優しかったっけ。
私はよく焦る。
「返事が遅れたら失礼かな」
「電話に出られなかったら迷惑かな」
「すぐ対応しないと嫌われるかな」
でも、今日みたいに電波が悪いと、
強制的に“どうしようもない状況”になる。
すると、気づく。
——あれ、誰も怒ってない。
むしろ、
「大丈夫ですよ〜」
「また連絡しますね」
そんな優しい言葉ばかり返ってくる。
焦っていたのは、私だけだった。
自分で自分を追い詰めていたんだな、と気づくと、
肩の力がふにゃっと抜けた。
便利さはありがたい。
でも、便利さに慣れすぎると、
“余白”がどんどん削られていく。
余白がないと、人はすぐ疲れる。
余白がないと、心が固くなる。
だから、今日の私は、
スマホの反抗期に救われたのかもしれない。
不便さは、ときどきプレゼントをくれる。
それは、
「ちょっと休んでいいよ」
という、見えないメッセージ。
私はそのメッセージを、
コーヒーの香りと一緒に受け取った。
スマホよ、たまには反抗期でもいい。
ただし、新規商談のときはやめてほしい。