はじめに
私は長年、組込みシステムの開発に携わってきました。ある工場に常駐し、製品開発や保守を担当していましたが、 次第に新しい製品開発は減り、毎日同じような仕事を繰り返す日々になっていきました。 「このまま今の環境にいて大丈夫なのだろうか」という思いが少しずつ強くなっていきました。
景気が悪くなれば常駐先の都合で契約が終了する可能性もあります。 定年を過ぎても現役で働きたいと考えていた私は、現状維持ではいけないと感じるようになりました。 この決断がきっかけで、私は思いもしなかった仕事に出会うことになります。 そして若い頃に少しだけ触れたCOBOLと、26年ぶりに再会することになるのでした。
もう一度勝負したいと思った
組込み開発が嫌になったわけではありません。むしろ長年続けてきた仕事であり、自分なりの経験と自信もありました。 それでも心のどこかで「まだ動けるうちに新しい環境で勝負したい」という気持ちがありました。 現状維持を選ぶより、新しい世界に飛び込んでみよう。そう考えて退職を決意しました。
定年のない会社との出会い
退職後、ハローワーク経由である会社から声をかけていただきました。 その会社には定年制度がなく、実際に70歳まで働いていた方もいたそうです。 定年後も技術者として現役でいたいと考えていた私にとって、その環境はとても魅力的でした。 そして私は、その会社へ入社することになりました。
思いがけずメインフレーム案件へ
入社後、取引先で「アセンブラ経験者を探している」という話がありました。 案件はメインフレームのオープン化プロジェクトです。 私は組込み開発時代、アセンブラを使った開発や解析を数多く経験していました。 どちらかといえば得意な分野です。
ところがプロジェクトにいたメインフレーム技術者の方々は、COBOLには精通しているものの、 アセンブラ経験がほとんどなかったそうです。 そのため「アセンブラが読める人に一日でも早く来てほしい」という状況だったと聞いています。
まさか自分のアセンブラ経験がメインフレーム案件で求められるとは思いませんでした。 技術というものは、思いがけない場所で役に立つものだと感じました。
ベテランメインフレーマーとの出会い
そのプロジェクトで、私は長年メインフレームを支えてきた技術者の方々と出会いました。 いわゆる「メインフレーマー」と呼ばれるベテランの方々です。 組込み開発とは文化も考え方も異なり、最初は戸惑うこともありました。 しかし彼らが長年培ってきた業務知識やシステム理解の深さには驚かされました。 自分とは異なる分野の技術者と仕事をする貴重な経験になりました。
26年ぶりのCOBOL
そして私が担当することになったのが、VOS3アセンブラをCOBOLへリビルドする作業でした。 若い頃に少し触れたことのあるCOBOL。しかし、まさか26年後に再び関わることになるとは夢にも思いませんでした。
アセンブラの解析を行い、その内容をCOBOLへ置き換えていく。 さらにデータ変換や現新比較を繰り返しながら、システムの動作検証を進めていきました。 気が付けば一年半にわたり、アセンブラとCOBOLに向き合う日々になっていました。
人生は本当にわからない
私は組込み技術者としてキャリアを終えるものだと思っていました。 ところが転職をきっかけにメインフレームのオープン化案件へ参加し、 26年ぶりにCOBOLと再会することになりました。
そのきっかけになったのは、若い頃から続けてきたアセンブラの経験です。 当時は当たり前のように使っていた技術ですが、その経験が何十年もの時を経て評価され、新しい仕事につながりました。
技術者人生は本当にわかりません。 だからこそ、今学んでいることや経験していることも、いつどこで役に立つかわからないのだと思います。 現在も私は、データ変換や現新比較を行いながら、メインフレームオープン化プロジェクトに携わっています。 そして今でも時々思います。「まさか26年後に再びCOBOLを書くことになるとは思わなかった」と。