COBOLが嫌だったのではなく「成長実感」がなかった
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コラム
はじめに
20代の頃、私は一度COBOLの仕事から離れようと考えた時期がありました。 理由は単純で、毎日が充実せず、技術者として成長している実感がなかったからです。 この記事では、当時の状況と、今振り返って見えてきた本質についてまとめます。
開発より待機時間が長かった
当時勤めていた会社は他社常駐型で、常に開発作業があるわけではありませんでした。 開発期間は短く、その後は長い待機状態が続きます。 若かった私は「このままで成長できるのだろうか」と不安を感じていました。
達成感が得られなかった
組込み系の仕事では、プログラムを書けば装置が動き、結果が目に見えて変わります。 しかし当時の私は、COBOLの仕事に面白さを見出せず、一日が終わっても達成感がありませんでした。 「何かを作り上げた」という実感が得られなかったのです。
本質が理解できず、勉強も続かなかった
情報処理技術者試験の勉強もしていましたが、理解が深まらず、 「なぜそうなるのか」という本質が見えませんでした。 表面的な知識だけが積み重なり、勉強が苦痛になっていきました。
COBOLの将来性への不安
インターネットが普及し始めた時代で、世の中の注目はWeb技術へ移りつつありました。 「このままCOBOLだけで大丈夫なのか」「50代になったら必要とされなくなるのでは」 そんな漠然とした恐怖がありました。
退職とその後の現実
状況が変わらない中で退職を決意しましたが、現実は甘くありませんでした。 約1年半のフリーター生活を送り、「会社を辞めれば何とかなる」と思っていた自分の考えが いかに浅かったかを痛感しました。
今振り返って思うこと
今になって考えると、私はCOBOLそのものを嫌っていたわけではありません。 本当に嫌だったのは「成長している実感がないこと」「達成感がないこと」「将来の姿が見えないこと」でした。 そして不思議なことに、現在は再びメインフレーム関連の仕事に携わっています。 人生は本当に分からないものです。
まとめ
技術者としての成長実感は、環境によって大きく左右されます。 当時の私はそのことに気づけず、焦りや不安ばかりを抱えていました。 今は、自分で学びの機会を作りながら、日々の積み重ねを大切にしています。