占いを見るのは好きです。
星の動きを見たり、自分のホロスコープを眺めたりして、
「今は、こういう時期なのかもしれないな」
と考えることもあります。
でも、星を見たあとに、少し困ることがあります。
たとえば、
「今は動く時期です」
と書かれていたとして。
本当に、今の私は動けるのだろうか。
仕事が立て込んでいるかもしれないし、家のことで余裕がないかもしれない。体調がいまひとつの日もあれば、お金や時間の問題で、動きたくても動けないこともあります。
星の上では「動く時期」でも、生活の中の私は動けない。
この二つは、普通に両立すると思っています。
だから私は、占いに人生の答えまで決めてもらうより、
考える材料がひとつ増えるくらいが、ちょうどいい。
そんな距離で星を見ています。
「動く時期」でも、今動けるとは限らない
占いでは、
「新しいことを始めるのに向いています」
「行動すると流れに乗れます」
という言葉を見かけることがあります。
それをきっかけに、やってみたかったことを始める。
そういう使い方も、もちろんいいと思います。
私も「ちょっとやってみようかな」と思うことはあります。
ただ、そこで生活のほうを無視すると、少し苦しくなることがあります。
今はいい時期らしい。
でも、動けない。
すると、
「せっかくのチャンスなのに」
「今やらないと逃してしまうのでは」
と、星を見たことで焦りが増えることもあります。
それなら私は、
「動く時期なんだな」
だけで終わらせずに、
じゃあ、今の私が動かせるものは何だろう。
と考えます。
転職まではできなくても、求人を少し見る。
新しいことを始める余裕はなくても、気になっていることをメモしておく。
大きな決断はできなくても、情報だけ集めておく。
それすら難しいなら、
「今は、新しいことを入れられないくらい余力が少ないんだな」
と確認する。
動けないことも、今の自分についてわかることのひとつです。
星を見た結果、必ず行動が増えなくてもいい。
私はそう思っています。
「向いている」と「今できる」も、別の話
ホロスコープを見ると、
向いている仕事や得意なことについて語られることもあります。
これは、かなりおもしろいです。
自分では当たり前すぎて気づいていなかったことに、
「そういう見方もあるのか」
と思うこともあります。
でも、
「向いているらしい」
から、
「それを仕事にしよう」
まで、一気に進める必要はありません。
向いているかもしれない。
それでも、その働き方を続けられる体力があるかは別です。
必要な時間を確保できるか。
今の生活と両立できるか。
収入として成り立つか。
そもそも、自分がやりたいと思っているか。
現実には、星以外にも条件があります。
たとえば、「人と関わる仕事に向いている」と読めたとしても、今の生活では決まった時間に人と話す仕事を入れにくいかもしれません。
反対に、今は仕事にできなくても、
「人の話を整理することは、意外と苦ではないのかもしれない」
という気づきだけ持っておくこともできます。
星が示しているものと、今の生活条件。
私は、どちらも見たいと思っています。
片方だけでは、今の自分に合う形までは決まりません。
「この配置だから苦手」で、自分の上限まで決めなくていい
逆の読み方もあります。
「この配置だから○○が苦手」
「この星座だから、こういう性格」
と言われると、
たしかにそうかもしれない、と思うことがあります。
妙に当たっている気がすることもあります。
でも、それをそのまま、
「だから私はできない」
にしたくはありません。
苦手な傾向があることと、一生できないことは別です。
環境が変わると、同じ性質でも出方が変わることがあります。
経験を積んで、以前より扱いやすくなることもあります。
一人では難しくても、誰かに助けてもらえばできることもあります。
それに、
本当に自分が苦手だったのではなく、
今まで置かれていた環境と合っていなかっただけ、
ということもあります。
たとえば、人前で話すのが苦手だと思っていた人が、少人数なら平気だった。
予定管理が苦手だと思っていたけれど、予定変更が多すぎる生活では誰でも管理しにくかった。
そんなふうに、条件を変えて見ると印象が変わることがあります。
だから星の配置は、
「あなたはこういう人です」
と決めるものというより、
自分を見る角度を、ひとつ増やすもの。
私には、そのくらいが使いやすいです。
それなら、占いを見る意味はどこにあるのか
ここまで現実の条件を見るなら、
「占いを見なくても、自分で考えればいいのでは」
とも思います。
たしかに、それでもいい。
それでも私は、星を見ることがあります。
自分のことほど、自分では見慣れすぎているからです。
毎日同じ生活をしていると、
「これは仕方ない」
「私はこういうもの」
と、考える前に決めてしまっていることがあります。
そこへ、普段とは違う問いが入ってくる。
それだけで、見えるものが変わることがあります。
たとえば、
「今は人間関係を見直す時期」
という星読みを見たとします。
それを、
「誰かと縁が切れるのかな」
と未来予測として読むこともできます。
私はむしろ、
「最近、誰といると疲れているだろう」
「無理して合わせている場所はないかな」
「少し距離を変えたい関係はあるかな」
と考える材料にするほうが好きです。
未来に何が起きるかは、まだわかりません。
でも、今の自分が誰との間で消耗しているかなら、少し確かめることができます。
その違いは、私にとって大きいです。
星を見たら、最後は生活に戻す
どれだけいい星回りでも、実際の生活を動かすのは星ではありません。
求人を見るのも自分です。
誰かに連絡するのも自分です。
今日は休むと決めるのも自分です。
「今は無理だ」と判断するのも自分です。
だから私は、星を見たら、そのまま答えにしません。
まず、
「こういう見方があるのか」
と受け取る。
それから、自分の生活に置いてみます。
今の時間でできるか。
体力は残っているか。
お金はどうか。
家の予定とぶつからないか。
そもそも私は、それをしたいのか。
そこで使えそうなら、少し持ち帰る。
合わなければ、置いておく。
何も行動に変わらない日もあります。
それでも、
「私は今、動くことより休むことを必要としているらしい」
とわかったなら、それも十分だと思っています。
占いを信じるか、信じないか。
全部当たるのか、当たらないのか。
私は、そこをきれいに決めなくてもいいと思っています。
朝に星を見て、
「今日は少し、自分の気持ちを優先してみようかな」
と思う。
夜になって、
「今日はそんな余裕、なかったな」
と気づく。
それなら、それがその日の現実です。
星は、答えではありません。
でも、自分の生活を少し違う角度から見るための材料にはなる。
私はこれからも、そのくらいの距離で星を見ながら、最後は自分の生活へ戻して考えていきたいと思っています。
私のレポートでは、星の象徴をそのまま答えにするのではなく、仕事・人間関係・心身・生活の中で、今どこに出ているのかを整理する材料として扱っています。
自分の場合はどう出やすいのかを見たい方は、個別レポートもご覧ください。