第三章:④| 退去立会い当日の空気──言えなかった一言

第三章:④| 退去立会い当日の空気──言えなかった一言

記事
コラム
退去立会いの日は、
こちらよりも相手の方が、
その場に慣れています。

管理会社、あるいは立会い業者。
何度も同じ場面を経験している人が、
手際よく部屋を見て回ります。

その時点で、
場の主導権はほぼ相手側にあります。

今回は、
退去立会い当日に起きやすい
**「言えなかった一言」**について書いてみたいと思います。


立会いは、
思っている以上に速いペースで進みます。

壁、床、設備。
チェック項目を確認しながら、
説明が淡々と続いていきます。

こちらは、
一つひとつを理解しながら聞いているつもりでも、
次々に話が進むため、
考える余裕がほとんどありません。

気になる点があっても、
話の流れを止めるのがためらわれます。

「ここで聞いてもいいのだろうか」
「細かいと思われないだろうか」

そう考えているうちに、
次の説明に移ってしまいます。


本当は、
その場で言える一言がありました。

「少し確認してから判断したいです」
「一度持ち帰って考えてもいいでしょうか」

どちらも、
特別な要求ではありません。

それでもその空気の中では、
その一言を口に出すことができませんでした。

理由は単純です。

相手は慣れている。
こちらは初めて。

その差が、
言葉を飲み込ませてしまったのです。


あとから考えれば、
判断を誤ったのは、
知識がなかったからではありません。

確認する権利があることも、
即答する必要がないことも、
本当は分かっていました。

それでも、
その場の空気に合わせてしまった。

退去立会いは、
契約内容の問題であると同時に、
場の雰囲気に左右されやすい場面でもあります。


退去立会い当日に、
すべてを決める必要はありません。

その場で判断しない、
という選択肢は、
最初から用意されています。

もし次に同じ場面に立つことがあれば、
一つだけ思い出していただきたいことがあります。

言葉にする前に、
判断が終わってしまっていないか。

退去立会いの空気は、
そのことを静かに試してきます。
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