大人は子供の犠牲になるべきなのかどうか

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大人は子供の犠牲になるべきなのかどうか
一般的に親や資本家は子供や労働者の犠牲になってくれる…

逆じゃないの??
と思う若い子もたくさんいるかもしれないが
若手が目上を犠牲にしたいときには

やむをえず

この視点が非常に大切である…
自分の野心や売名行為のために適当な誰かを犠牲にする…

上手くいっている間は問題ないが
反発というのは犠牲が常習化している場所で発生しやすい

それは自らの精神衛生と体力を護るためであることがほとんどだ…

親がいうことを聞いてくれないなら
知らず知らずのうちに親を犠牲にしているし
会社で上司が仕事の相談に乗ってくれないのも同じ理由である…

あとは友達や同僚からは経営者向きといわれるが
なかなかカタチにならない人の場合は
焼き畑農業法かつ貪欲法の問題解決を採用している…

善悪の図式の場合にも
悪役は倒したのなら
アイテムを奪っていいのはRPGゲームの中だけで
広く社会性という意味では
善悪の対立の目的の場合
あるチートキャラに対するサービスゲームであったり
在庫調整などのイレギュラーイベントでしかない…

さらにいうとヒロピンがココナラフィールドで
超能力の検証などという荒唐無稽に取り組んでいる理由は
実は将来的に法律に関する提案をある方に伝えたい
法律改正の活動をしたいという考えがあり
そのジャンルは既得権力によって盤石に組織化されているので
それこそテレビのバラエティ番組で超能力に関するミニドラマをやりたい
などというちょっとした御祭りの思いつきより
ずっと重い…

それこそ

いきて帰れるかわからない冒険

になってしまう可能性が高いのである…

低級資格の専門家にはすでに何人か相談済みで
全員に危ないからやめておけといわれた

誰もが嫌がるがしかし善であることをなす

という場合
体感的にどれくらい向風があるのかわからなかった
それがこの超能力企画のきっかけである。
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