真夜中のキッチンで、トーストに塗るジャムをじっと見つめていたことがあります。瓶の底に残った最後の一すくいをパンに伸ばすとき、私たちは無意識に完璧な平らを目指してしまいます。でも、ふと思ったのです。ムラなく綺麗に塗られたトーストよりも、たまにジャムが塊で残っている場所がある方が、口に入れた瞬間の驚きや喜びは大きいのではないか。これは、サービスを売り買いする場所でも、あるいはウェブサイトを作る過程でも、まったく同じことが言えるのかもしれません。
世の中には便利な道具やテンプレートが溢れています。誰でもそれなりの形を整えることができる時代になりました。しかし、整いすぎたものは、時に人の心を通り過ぎてしまいます。冷たい大理石の床よりも、少し節のある木の床の方が足の裏に心地よいように、私たちの視線や感情は、どこか不完全で、どこか引っかかりのある場所を求めているのです。私は、お客様の要望を形にする際、あえてほんの少しの違和感を残すようにしています。それはミスではなく、そこが人間と人間が触れ合うための入り口になるからです。
例えば、プロフィール写真を完璧に加工し、実績を並べ立て、隙のない言葉で自分を飾る。それはプロとして正しい姿に見えます。でも、あまりにツルツルした表面には、誰も手をつなぐことができません。どこかにザラついた手触りがあるからこそ、そこが誰かの心に引っかかり、信頼という名の摩擦が生まれます。私はデザインの仕事をしていますが、最終的に作っているのは画面ではなく、その画面を介して生まれる会話のきっかけです。
昨日、散歩の途中で見かけた古い神社の階段は、一段ごとに高さが微妙に違っていました。登りにくいけれど、そのおかげで私は自分の足の裏の感覚に集中し、今ここにいることを強く実感しました。スムーズすぎるエスカレーターでは決して味わえない感覚です。もし、あなたのビジネスやサービスが、今ひとつ誰かに届いていないと感じるなら、それは分かりやすさが足りないのではなく、むしろ分かりやすすぎて、スルーされているからかもしれません。
あえて情報の優先順位を崩してみたり、少しだけ無駄な余白を作ってみたりする。そんな風に、夢のような理想の設計図にわざと少しだけ砂を混ぜることで、実体を持った手触りが生まれます。それは、デジタルな世界に体温を宿らせるための、私なりの魔法です。美しさの定義は人それぞれですが、私は、相手がふと足を止めて、二度見してしまうような、そんな愛嬌のある歪みを大切にしたいと考えています。
完璧を目指すのをやめたとき、本当の個性が顔を出します。並んでいるたくさんの商品の中から、なぜか一つだけ手に取ってしまう。その理由は、機能の差ではなく、その奥にある人間くささに惹かれているからではないでしょうか。私も、画面の向こうにいるあなたの、言葉にならないこだわりや、少し変わった癖を見つけるのが大好きです。それこそが、世界に一つだけの強力な武器になるからです。
今日は、いつものルーティンを少しだけ崩して、わざと遠回りをしてみてください。効率の悪い選択をした先にしか落ちていない、キラリと光るアイデアが必ずあります。私たちは、完成されたロボットになりたいわけではありません。不器用で、わがままで、それでも誰かと繋がりたいと願う一人の人間として、この場所で出会いたい。ジャムの塊のような、濃密で特別な瞬間を一緒に作っていけたら、それ以上に嬉しいことはありません。