「本当の自分」を探して、、、私の場合、きっかけ

「本当の自分」を探して、、、私の場合、きっかけ

記事
コラム
いろんなメディアで「自分探し」をしている人を、よく見かけます。
一方で、「自分探しをやめませんか?」と発信している人もいます。

どちらの記事も、興味深く読んでいる私がいます。

私としては、「本人が探したければ、思いっきり探せばいいのに」と感じます。
探したい人は探せばいいし、やりたくない人はやめればいい。
どちらも、その人にとっての大切なプロセスだと思うからです。

ただ、自分以外の人に、
「自分探しをしない人はダメ」
「自分探しをしても無駄、いつまでも結果が出ないじゃないか」
というのは、どちらも相手を攻撃しているかも知れないと思います。

人によっては自分を否定されて、真に受けるかも知れないからです。
そんな思いからこの記事を書いています。

例えば、私が合氣道を始めた理由


10年も前の話ですが、私は合氣道(あいきどう)を始めました。
健康のため、とか理由はいくつかありますが、、稽古の途中から「本当の自分」と出会いたいと思うようになったんです。

私は地方の教育公務員として、転勤がかなり多かったです。
家庭科は授業時数が少ないので、教員の数も少ないのです。
一人が転勤すると玉突きのように転勤することが当時多かったので、教科が家庭科だったのも要因の一つだったかも知れません。


転勤して感じたのは、同じ「公立学校」のくくりのはずなのに、職場によって捉え方ややり方がまちまちなんです。
もちろんその学校特有の学校経営の独自性、個性もあると思いますが、年休とか、休みの取り方まで少しずつ違います。
ですから、私は会議の決まり事であっても瞬間、「どのやり方?」と迷うことも年々多くなり、積み重なっていきました。
要は公務員で有名な、あの座右の銘「例年通り」が、私にはあまり効き目がなかったことになります。

転勤したての職場では「こうして、ああして」と言われても、私にはどれで進めればいいのか分からなくなることがありました。
隣接する三つの中学校も体験しましたが、それぞれの文化があり、これも面白い体験でした。

縁があって出会った合氣道は、「歩く禅」「動く禅」「みそぎ」とも呼ばれています。
その稽古を重ねる中で、はっと気づいたのです。
同じ手本の見取り稽古をしても、それぞれ違う動きをしている。
それが、転勤先の職場ごとにやり方が違っていた状況と重なった瞬間です。
「それぞれの捉え方や人生の背景でこんなにも違うのか」とも思いましたし、同時に「ひょっとして、情報というものが、本当の自分を覆い尽くして、隠してしまっているのかもしれない」と。

つまり、今までのいろんな人とのかかわり、テレビ、映画、CMなど他の人の意見や価値観を無意識に採用しているだけの自分がいて、本音を隠してしまっている可能性があると氣づいたわけです

適度に探すと、気づく瞬間がある、かも



だから私は、適度に自分探しをしていると、ふとしたところで氣づくこともあると思っています。
お互いを否定する必要はないというか、否定し合うとつまらない結果になりそうだとも思います。

自分探しといっても、方法はいろいろです。
方向性を間違えたり、潜在意識を理解していなかったりすると、本当の自分に出会うこと自体に、※「蓋」をしてしまう場合もあります。
※この「蓋」とは、自分探しが、自分のデメリットを生んでしまうと「思い込んでいる」ということです。

この考え方は応用がかなり効くのでぜひ覚えていてほしいと思います

私は「陰陽学」「陰陽六行占術」「潜在意識」などを学んで、人間関係を以前より広い世界観でとらえられるようになりました。
自覚はなかったのですが、適度な知識や勉強も、自分を理解する助けになったのかもしれません。

私のこの体験が、皆様の氣付きにつながったらうれしいです。

また、私の提供するそれぞれのサービスが皆様の氣付きやヒントのお役に立てたらうれしいです。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す