【シリーズ② 考え方編】 「馬が合う=価値観が同じ」ではない理由
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「馬が合う人って、やっぱり価値観が同じ人ですよね」
こんな言葉を、聞いたことはないでしょうか。
たしかに、同じ考え方、同じ感覚の人と一緒にいると楽です。
でも、少し立ち止まって考えてみると、
価値観が同じ=馬が合う
とは、必ずしも言い切れないことに気づきます。
価値観が似ているのに、なぜか疲れる人
たとえば、こんな経験はありませんか。
・考え方は似ている
・言っていることも正しい
・共通点も多い
それなのに、
なぜか一緒にいると疲れる人。
逆に、
・考え方は違う
・好きなものも違う
・意見が割れることもある
それでも、不思議と話が進む人。
この違いは、どこから来るのでしょうか。
ヒントは「馬が合う」の本来の意味にある
前回お話ししたように、
「馬が合う」という言葉は、もともと
一緒に物事を進められるかどうか
を表す言葉でした。
重要なのは、
同じ考えかどうか ではありません。
・進む方向
・歩くスピード
・間の取り方
これが自然に合うかどうか。
馬と人の関係も、まさにそうでした。
馬は「同じ性格」を求めていなかった
馬に乗るとき、
乗り手と馬の性格が完全に同じである必要はありません。
むしろ、
・人は冷静
・馬は少し気が荒い
そんな組み合わせでも、
呼吸が合えば、前に進める。
逆に、
性格が似ていても、合図の出し方やリズムが合わなければ、
馬は戸惑い、止まってしまいます。
ここに、人間関係と重なる部分があります。
馬が合う人とは「違いを邪魔にしない人」
馬が合う人とは、
価値観が同じ人ではなく、
・違いがあっても流れを止めない
・無理に相手を変えようとしない
・目的に向かって並んで進める
そんな人です。
だから、
・意見が違っても会話が続く
・沈黙が苦にならない
・一緒に何かをするとスムーズ
こうした感覚が生まれます。
「合わない人」を無理に合わせなくていい理由
「馬が合わない」という言葉には、
どこか否定的な響きがあります。
でも本来は、
一緒に進むのが難しいだけ
それ以上でも、それ以下でもありません。
価値観が違うからダメなのではなく、
進み方が違うだけ。
そう考えると、人間関係は少し楽になります。
午年に、あらためて考えたいこと
馬は、人を選びません。
ただ、「合う・合わない」を正直に示します。
昔の人は、その姿を見て、
人間関係にも同じことが言えると感じたのでしょう。
・合う人とは、自然に進めばいい
・合わない人とは、距離を取っていい
それを責めない、
とても実用的で、やさしい知恵です。
今回はここまで。
次回は、「なぜ大人になるほど“馬が合う”が重要になるのか」
時間・立場・責任が増える中で、この言葉が持つ意味を考えていきます。