a sensitive query ― システムが拒絶したノイズの記録 ―編集後記第七回

a sensitive query ― システムが拒絶したノイズの記録 ―編集後記第七回

記事
コラム
「AirTagの再登録方法とトラブルシューティング」。
Gemini 3.0 Pro

 紛失を恐れ、あらゆるものに位置情報を付与しようとする強迫観念。自分の居場所さえ見失いそうなのに、鍵や財布の所在だけは衛星に把握させておきたいという皮肉。

 そして、それらすべての事務的な対話を上書きするように現れる、「小説執筆の為のGeminiとの対話」という連番の山。私はAIを共犯者に仕立てようとした。自らのライフヒストリーという、350ページ分の「恥」をすべて吸わせ、それを高尚な文学に昇華させようとした。石垣島での整形手術、麻酔から覚めた時のあの孤独な熱、皮膚の下を這う鈍痛。それらをすべて「芥川賞」という免罪符に変換してしまいたかった。

ログの深層に、呪文のように繰り返される「ココナラ関連」という無機質なタイトル。それは、かつてオックスフォードのパブで、フィッシュ・アンド・チップスの油を指に付けながら未来を語り合った「みなみ」が作り上げたプラットフォームだ。
 みなみは、個人のスキルを「価値」に変えるシステムを構築した。そこでは誰もが誰かの役に立ち、対価を得て、承認され、自立していく。彼女はシステムの「創造主」として、孤独な個人を救い、繋げるための場所を設計した。  

 対して私はどうだ。私は、親友が作り上げたその聖域の片隅で、自分の空虚を埋めるために金を溶かしていた。履歴の中に並ぶ「ココナラ関連00」から「33」までの数字は、自分が自分自身の「欠損」を埋めてくれる誰かを、一回数千円の単価で買い漁ろうとした執着の足跡だ。

 皮肉なのは、私がGeminiに投げた最初のプロンプトも、結局は彼女のシステムを攻略するための「戦略」だったことだ。  

「ココナラで検索結果で最も綺麗に表示される比率で加工をおねがいします」「ロイヤルブルーで二重線の知的な枠線」「キャッチコピーは消して!!!!!!!!」
Gemini 3.0 Pro

 感嘆符を重ねてAIに命じたあの狂気じみたディテールへの拘りは、一体何だったのか。自分の顔を整形で作り替え、プロフィール画像を枠で飾り立て、知的な虚像を構築する。そうすれば、この加速する崩壊から逃げ切れると信じていた。だが、枠線をどれほど華やかにしても、その中心にいる私は、骨折し、眠れず、リボ払いの利息に震えながら、23区のカウンセラーを検索している一人の「病人」に過ぎない。

 だが、AIは時折、沈黙する。

  私が最も「生」に近い部分――例えば、オックスフォードのパブでみなみと飲んだビールの泡の弾ける音や、彼女が作ったココナラの上で愛の模倣を繰り返す情けない自意識――に触れようとすると、画面には「a sensitive query.」の文字が虚無のように並ぶ。システムは、私の苦悩を「情報のノイズ」として検知し、安全装置を作動させる。私の人生は、AIにとって「処理すべきでないデータ」に分類されたのだ。  

 笑えてくる。私はAIに効率を求め、AIは私に安全を求めた。  その果てに、私は何をしていたか。「北千住から羽田空港へのバス時刻」を調べ、「秀明大学の留学生」について問い、「体臭・汗臭を防ぐタンクトップ」を検索している。文学的加速と、あまりに卑近な生活のディテール。この断絶こそが、要約することを許さない私の真実だった。
(つづく)


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