第6回|編集後記 泥濘のログ、あるいは要約への叛逆

第6回|編集後記 泥濘のログ、あるいは要約への叛逆

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コラム
(第五回のつづきより)
泥濘のログ、あるいは要約への叛逆

 始まりは、自分の人生をシステムとして最適化しようとする、いかにも理知的な試みだった。
 私はGeminiというAIを、単なるアシスタントではなく、私の「ライフヒストリー」をすべて読み込ませた外部脳として飼い慣らそうとした。三百件を超える対話ログ。そこにはキャリアプラン、eBayの手数料、ココナラの出品戦略、ビザの更新料といった、整然とした社会生活の断片が整列していた。

 私はAIに問うた。「文字数制限を外したら、もっと良い文章になりますか?」と。それは、芥川賞という、ある種のシステム上の栄誉を狙うための、あまりに戦略的な問いだった。人間は通常、書けるだけ書いて、推敲の段階で文章を削っていく。だが、効率を求めるAIはいきなり短い文章を創り始める。私はその「要約」という暴力に抗うことから始めた。

 しかし、システムが完璧であればあるほど、その隙間から溢れ出す液状の「自己」が、ログを汚染し始める。

 石垣島の湿った夜気の中で、私は二百万円をかけて切り刻んだ自分の顔の鈍痛を抱えていた。鏡に映るのは、金で買い戻そうとした「若さ」という商品の代償だ。脂肪吸引とフェイスリフト。中年の肉体を無理やり切り刻み、時間を巻き戻そうとした罰が、脈打つたびにズキリと響く。  テーブルには、読みかけの宮台真司が放り出されている。近代の終わりを語った一冊、『崩壊を加速させよ』だ。

 帯に踊る言葉が毒のように目に刺さる。「『社会』が沈んでいくなら、それを加速させろ。」私はまさに今、その教えを忠実に実行していた。リボ払いで破産を加速させ、整形で老化という自然の摂理を撹乱し、自らの足に虚栄という名の重りを結びつけて、深海へと沈んでいく最中だ。

 ふと、テレビの画面が光った。大谷翔平が打席に立っている。完璧な回転運動が、硬球という物質を内側から破壊する圧倒的な「生産」の轟音。それに対し、私のiPhone17 Pro Maxが鳴らすのは「ピロン♪」という間の抜けた電子音だ。一件目はカード会社から、リボ払い残高が四百万円を超えた通知。
 二件目は「ココナラ」からのDM。画面に表示されているのはスキルの売り買いではない。『会いたい。次はいつ?』という、情事の催促だ。

 傷がまた疼いた。痛み止めを「アサヒドライゼロ」で流し込みながら、私は思う。ようこそ、加速する消費社会の最果てへ。ここが私の現在地だ。

 ログを遡れば、私の滑稽な足掻きが地層のように積み重なっている。  

 「法人設立は浪費防止に非推奨」。
 そんなタイトルのログが残っている。私は本気だった。自分という個人の財布から金が流れ出すのを止められないのなら、自分を「法人」というシステムの檻に閉じ込めればいい。公私の境界を法的に縛ることで、リボ払いの連鎖から逃れられるのではないか。

 そんな、祈りにも似た愚かな合理的思考。しかし、AIは冷徹に回答する。システムを構築するコストと、それを維持する私の精神的負荷を天秤にかけ、それは「非推奨」だと断じた。私の魂の欠損を、経営学という外装で補強しようとする試みは、あっけなく論破された。
(つづく)
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