なぜか「自分の希望」を聞かれると、答えられなくなる人へ

なぜか「自分の希望」を聞かれると、答えられなくなる人へ

記事
コラム
「あなたは、どうしたい?」

そう聞かれたとき、

なぜか答えられなくなることがあります。

「うーん……。」

「どうしたいんだろう。」

「分からないです。」

人から相談されたら、

いろいろ考えられる。

家族が困っていたら、

何をしたらいいかすぐに考える。

仕事でも、

周りが何を求めているのか、

なんとなく分かる。

それなのに、

「じゃあ、あなたは?」

と聞かれると、

急に答えが出てこない。

そんな人がいます。

これは、

自分の意見がないからとは限りません。

もしかすると、

自分の希望を聞くことより、周りの希望を考えることに慣れてきた

のかもしれません。

「みんなはどうしたいんだろう。」

「こうしたほうが喜んでもらえるかな。」

「迷惑をかけないためには、どうしたらいい?」

「今は私が我慢したほうがいいかな。」

そんなふうに、

いつも周りを見ながら考えてきた人ほど、

自分の希望は、

少し後ろに並びやすくなります。

誰かに我慢を強いられたとは限りません。

もともと周囲のことによく気づく人もいます。

誰かが困っていると、

放っておけない人もいます。

自分のことより、

人のことを考えるほうが自然な人もいます。

そうやって長いあいだ過ごしていると、

「私はどうしたい?」

という質問が、

意外と難しくなることがあります。

前世やカルマという視点では、

人を支える役割や、

周囲をまとめる立場を多く経験してきた魂は、

今世でも、

自分より周りを先に考えやすいことがある、

と捉えることがあります。

もちろん、

前世がこうだったから、

今もこうしなければならない、

ということではありません。

むしろ、

もし今まで、

誰かを支えることをたくさん経験してきたのなら、

今度は、

「私はどうしたい?」と自分に聞いてみることも、
一つの経験なのかもしれません。

でも、

いきなり聞かれても、

やっぱり分からないことがあります。

「本当は何がしたい?」

「どんな人生を送りたい?」

「あなたの夢は?」

……急に大きい(笑)。

そんなことを聞かれたら、

余計に分からなくなることもあります。

だから、

もっと小さなところからでもいいのだと思います。

今日は何を食べたい?

今は一人でいたい?

誰かと話したい?

今日は出かけたい?

家にいたい?

これは好き?

これはちょっと嫌?

そんな小さなことから、

自分に聞いてみる。

そして、

答えが出たら、

できる範囲でその気持ちを一つ叶えてみる。

「今日はこっちが食べたい。」

「今日は少し静かに過ごしたい。」

それくらいでもいい。

そうやって、

自分の希望を聞く回数が増えていくと、

少しずつ、

自分の声が分かるようになることがあります。

本音は、

どこか深いところに隠された、

特別な答えとは限りません。

日常の中にある、

小さな「こっちがいい」。

小さな「これは嫌」。

そんなものの積み重ねの中に、

自分が大切にしたいものが見えてくることもあります。

だから、

「どうしたい?」

と聞かれて、

答えられなかったとしても。

本音がないのではなく、自分に聞くことに、
まだ慣れていないだけなのかもしれません。

焦って、

立派な答えを探さなくても大丈夫です。

今日、

何が食べたいか。

そこからだって、

自分の希望を聞く練習は始められるのだと思います。

🌿ポイント

・「どうしたい?」に答えられないからといって、
自分の意見や本音がないとは限りません。

・周りの希望を考えることに慣れていると、
自分の希望が後ろに回りやすくなることがあります。

・大きな「人生の本音」を探すより、
日常の小さな「こっちがいい」「これは嫌」から、
自分の声が見えてくることもあります。


前世やカルマを見ることも、

「あなたはこういう人だから、こう生きるべき」

と決めるためではありません。

なぜ私は、

いつも同じところで迷うのだろう。

なぜ自分より、

人のことを先に考えてしまうのだろう。

そんな心の癖を知ることで、

これまでとは少し違う選択肢に気づくことがあります。

自分の希望がまだ分からなくても、

そこから一緒に見ていくことができます。
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