「自分の人生、こんなはずじゃない」
「周りはあんなに輝いているのに、自分だけが取り残されている」
そうした焦りや絶望の淵にいるとき、私たちは必死に「光」を求めます。
一刻も早く明るい場所へ、陽の当たる場所へと行こうと、もがき、手を伸ばします。
けれど、これまで2000人以上の方の人生を鑑定してきて、私はある一つの確信に至りました。
「太陽が沈まない世界では、星の輝きに気づけない」
明るい場所にいる人ほど、自分が見えない
太陽が燦々と降り注ぐ真昼の広場では、空に星があることさえ忘れてしまいます。
それと同じように、人生が順風満帆で外側の光(他人の評価や世間体、物質的な豊かさ)に満たされているとき、人は案外、自分の「内側」を見ることができません。
眩しすぎる光は、ときに自分の本質を覆い隠してしまいます。
私が鑑定してきた中で、一見、光の中にいるように見える方ほど、実は「自分が本当は何を求めているのか」という目詰まりを起こし、空虚さを抱えていることが少なくありませんでした。
外側の光が強ければ強いほど、内側にある「自分という星」の微かな輝きは見えにくくなってしまうということです。
絶望という静寂が教えてくれること
人生の転機を掴むのは、いつも「暗闇にいる人」です。
絶望という名の暗闇に放り込まれたとき。
それまで自分を照らしていた外側の光がすべて消え、足元さえ見えなくなったとき。
人は初めて、外を向いていた視線を自分の内側へと向けざるを得なくなります。
暗闇は怖いものです。
けれど、暗闇は静寂でもあります。
周囲の雑音が消え、ただ自分の呼吸だけが聞こえる場所。
そこで目を凝らして初めて、ずっとそこにあったはずの「本当の願い」という小さな星の輝きに気づくことができます。
もし今、あなたが漠然とした不安や焦燥感、報われなさを感じたり希望を見失いかけているなら、これだけは忘れないで欲しい。
その時間はけっして不幸なのではありません。
あなた自身の本質を照らし出すための神聖な時間、人生におけるすべての時間と出来事には意味があります。
星を見つめる
もし今、あなたが暗闇の中にいて、焦りに押し潰されそうなら、一度その手を止めてみてください。
暗闇の中で無理に動き回れば、かえって大切なものを見落とし、道を見失います。
神道で言えば、焦りもまた一つの「気枯れ(けがれ)」です。
心の表面が波立っていては、底に沈んでいる星の光を捉えることはできません。
一度、深く息を吐き、今の暗闇をそのまま受け入れてみる。
「早く光の当たる場所へ戻らなければ」という執着を一度、神前に置いてくる。空に向かって手を合わせ、感謝の心を胸に祈りを捧げてください。
感謝の祈りは心に余白をもたらします。 その余白こそが、次の新しい運命が流れ込んでくるための器となります。
暗闇は、あなたを飲み込むためにあるのではありません。
次に朝日が昇ったとき、あなたが自分という星の輝きを道標に、迷わず歩き出せるようにするために必要な準備期間なのです。
今、暗い場所にいるあなたへ。
つらいと思います。
苦しいと思います。
でも、明けない夜はありません。
どうか、その時間を嫌わないでください。
その静かな暗闇の中で見つけた小さな輝きこそが、あなたのこれからの人生を導く、一生消えない光になるはずです。