こんにちは!高倉友彰です。
深夜、モニターの青白い光に照らされながら、誰かの依頼に応えているとき、私は自分がどこか別の星の住民と交信しているような気分になることがあります。私たちがここでやり取りしている「スキル」や「サービス」は、実はただの技術ではなく、自分の中に溜まった余分な光を、誰かの暗闇に少しずつ分け与える儀式なのかもしれません。この画面の向こう側には、まだ誰も名付けていない感情の渦が広がっていて、私たちはその端っこを指先でなぞるようにして繋がっています。
もし、この世界にあるすべての建物や街灯が、誰かの記憶を繋ぎ止めるためのクリップに過ぎないとしたら、私たちの仕事もまた、崩れそうな現実を補強するための小さな釘のようなものです。ふと耳を澄ますと、遠くの街の騒音が一つの巨大なオーケストラが奏でる旋律のように聞こえてきます。それは緻密に計算された和音ではなく、バラバラな意志が重なり合うことで偶然に生まれた、不協和音の美しさです。私たちはその壮大な楽曲の中で、自分にしか出せない一音を、誰にも気づかれないようにそっと忍ばせているのでしょう。
引き出しの隅に転がっている、使い古されて真っ黒になった消しゴム。それは、私たちが理想の自分を演じるために、不都合な本音を消し去ってきた戦いの跡です。消しゴムの粉がキーボードの隙間に詰まるたび、私たちの声からは不純物が取り除かれ、磨き上げられた商品へと変わっていきます。しかし、その削り取られた真っ黒なカスの山こそが、実は私たちの最も人間らしい部分であり、誰にも売ることのできない本当の価値だったのではないか。そんな考えが、冷たい風のように脳裏をかすめます。
私たちが地面をしっかりと踏みしめていられるのは、重力という名の古い拘束具が、私たちを地球という牢獄に繋ぎ止めているからです。誰かのために動くとき、体は時として重く感じられますが、それは他人の期待という名の重しが、私たちの肩に直接のしかかっているからかもしれません。その重しを振り払って空へ飛び出したいと願う夜、私たちは自分の影が、足元から静かに離れて天井へと歩き出すのを目撃します。
夜が明ける直前、モニターの電源を切ると、部屋には濃密な静寂が戻ってきます。オーケストラの指揮者はタクトを下ろし、観客のいない舞台には、消しゴムで消しきれなかった小さな光の粒だけが漂っています。鏡に映る自分の顔は、昨日よりも少しだけ透明になり、背景にある壁の模様が透けて見え始めていました。世界はそうやって、少しずつ私たちを風景の一部へと書き換えながら、新しい朝の準備を整えているのです。
窓の外では、月が誰かの書き損じた文字のように、ぼんやりとした白さで夜空を削り取っていました。私はただ、その空白を眺めながら、次の依頼が届くのを待っています。