こんにちは。連休もしばらくありませんし、梅雨も近づいてきていますし、何かと鬱屈な気分になりがちな時期ですね。
私は残業や休憩を抜くことをしてしまいがちです。というのも、手を動かすなり頭を動かすなりと忙しくしている方が変なことを考えなくて済むからです。私は休日になるとやることがないせいで逆に鬱っぽくなるので、仕事をしていた方が楽なんですよね。
でも、お休みは取らないといけません。
手を止めれば、こなせる仕事量が減ります。目に見える成果が減り、満足感も得にくくなるのは否めません。
ですが、頑張り続けた挙句に再起動できなくなるのもまずいんです。頑張りすぎた反動で動けなくなることはありませんか? 最近の私は休日に出歩くだけでも、月曜日に響くことがあります。
楽しかろうと、苦しかろうと。人間は動けば疲れるのです。
先ほど書いたように暇な時間が出来るとやんでしまう人間だとしても、無理やり予定を詰め込むのは危険です。むしろ、大事な心構えは「少しくらい不安になってもいい」と自分を許すことです。
私が思うに、仕事やプライベートに打ち込みすぎてしまう人は不安に弱いのではないかと思います。不安に強い人ほど「ほどほど」な生き方をしているものです。感情の起伏が激しい人は不安にも敏感になりやすいです。「凄く楽しい」を作ることは逆に「凄く退屈」「凄く辛い」を生むきっかけになることも多い。
結局のところ、病みやすい人にとっての「凄く楽しいこと」が「まぁまぁ楽しい」と思えるくらいに生活の木銃を持ち上げて、感情を緩やかに生きるのが大事なんだと思います。
そのために大事なのが、不安を受け入れることです。ただ、これは簡単じゃありません。
そもそも、不安は危機回避のための能力です。なくなることはありません。むしろ、なくなってしまっている人は危ういでしょう。油断している、程度ならいいですが、なにも予想できないのに慢心している状態が危険なのは言うまでもないでしょう。
ただ、過剰に警戒しなくてもいいのが事実。思ったより、人間の世界はやさしく作られています。まぁ、ぶっちゃけ、弱肉強食という基本原則がある程度緩和されている世界ってだけでも優しすぎますよね。障害や病気を持っていても何かを成し遂げることが出来る、素敵な世界だからこそ、少しくらいは他人に期待してもいいのです。
まぁ、その期待ってのが難しいのもわかりますけどね。不安になりやすい人の多くが他人に期待して裏切られてきた人だと思います。なので、無理に期待しろとは言わないです。
それでも、自分の限界だけは見極めるようにしてください。無理な時には他人にゆだねる勇気を持ってください。「一人で家事も炊事も何もかもこなせるから結婚しなくていい」と言う人がいますが、万が一、自分が動けなくなったときに救ってくれる人を確保しておくことが大事ですよね? それと同じで、自分の限界が来た時にすべてが崩壊するのを承知で無理し続けることはよくありません。
最近、私は「限界だなぁ」と思うことが増えてきました。だからこそ、ブログもこれくらいにして、私も休もうと思います。